• 船もの(歴史物)を描く時の話

     私は日本近代史が好きだ。とりわけ日本海軍の艦艇が好きな人間だが、最近気になっているのは海軍ではなく海運というか、日本の貨客船文化だ。

     現在は航空機を使って外国へと行くのが一般的になっているが、航空機なんぞなかった昔は船で外国へ行くのが普通だった。今こそはクルーズ船というものがあるが、あれは船に乗ること自体が楽しみの一つであり、主目的は娯楽的旅行である。船に乗り、世界をぐるぐる回って船に乗り国家へ、港へ、家へと帰るものである。

     そうではなく、近代史における船は、目的地に「行く」ための乗り物だった時代だ。スピードは早ければいいし、乗り心地が悪くても我慢して乗っていた時代。「市民の交通手段の航空機」前史としての船文化。

     それが私の言う貨客船文化だ。

     船に乗り、欧州やアメリカ、上海や台湾、朝鮮に行くのである。空輸がない以上、まあ、それは当たり前の話だ。

     ちなみに”貨”客船というのは、貨物と旅客を運んでいた船のことだ。一緒に貨物も運べると便利だし、また日本からアメリカへ行く航路とアメリカから日本に帰る航路では、客の人数や客の裕福さが違う。三等客室が満員の行きと、空席ばかりの帰りでは帰りに貨物を入れて運びたい。

     もちろん、三等客室の造りはそれなりのものになってしまう。なってしまってかまわないのだ。ちゃんと乗船の料金も安く設定してるし。それに彼らは旅行を楽しんでいるのではなく、南米やアメリカに移民に行くだけなので。移民先では、差別と労働に身をやつしたという。もちろん、その一言に収まらない様々な群像があったはずだ。「差別と労働に身をやつした棄民たち」と呼び言い切るのは日系人たちに失礼だ。ただ、多くの苦労が共にあっただろう。

     一等船客たちはどうだろう。著名人や皇族などが乗っていた。また、彼らに好まれるように礼儀やしきたりなどの技量が磨かれていた。内装は豪奢で、料理は美味かった。音楽が美しかった。善く、美しいということに価値がある世界だった。

     一等船客になれなくても、綺麗な船に愛着を持った日本人は多かっただろう。一度くらいあれに載って外国へ行ってみたい、と無邪気に思ったかもしれない。戦前の日本にとって海外とはいかなる場所だっただろう?

     また同じ「日本人」でもあった外地人、朝鮮半島や台湾の人びとにとって、日本行きの船とはいかなるものに映っただろう。彼らは第二君が代丸で大阪に行くだろうか、帝国大学へ留学するのだろうか。いずれにせよ、一つの象徴として、船、はその海にあっただろう。

     それらの末裔であるふねぶねの一種族は、現在はクルーズ客船と呼ばれている。かわいいものである。あたしはただのきれいな船だもんね、という澄ました顔をして海に浮いている。人間を港で乗せて同じ港へ返すことだけが使命だと思っている。ボイラーでからゆきさんを焼死させた時代などまったくの知らんぷりである。そしてそれは今は良い時代なのだ、ということなのだろう。

     あの時代の船の文脈が奪胎された現在において、船から悪臭を払拭された時代において、貨客船を描くこと、をどう考えればいいのか悩んでいる。どう描けばあの時代の船というものを描けるのか悩んでしまう。綺麗な船が「ただの綺麗」な時代に。国家、帝国主義、殖民、海運会社、軍隊、写真花嫁、からゆきさん、トーキー映画、浅間丸……

  • wavebox&メッセージ

    waveboxにお返事をかきました。ありがとうございます!

    パチパチもありがとうございます。見てます。

  • wavebox

    パチパチありがとうございます。確認できてます。

  • 記事の承前

    ちなみにそのscrapboxはこちらです。作成途中です。公開になったり非公開になったりしますが…

    もっと皆使ってほしいよ~!「実質タダ」どころじゃなく本質的にマジのタダなので……

  • 国会図書館にTELの巻

     休日にダラダラと国会図書館のサイトのデジタルコレクションの説明ページを見ていたら、問い合わせの電話番号が掲載されていることに気づいた。

    ①個人向けデジタル化資料送信サービス(個人送信)の制度全般について

    ②資料の検索・閲覧方法について

    ③利用者登録、遠隔複写について

     を、それぞれ別の電話番号から質問できるようだ。

    「デジタルコレクションの資料の検索・閲覧方法について」なんて質問できるんだ……?そんなの質問だらけなんだが……?

     いちいち下らない質問とかしたら失礼かな~と考えていたのだが、図書館なのでレファには慣れているだろうとふと気づいた。ということで質問をするために電話を掛けてみた。

     発見からこのひらめき、発信まで30秒ほどだった。私の数少ない美点として「電話を掛けるのに臆さない」がある。もっと慎重になろうな。

     私のTL(艦船・歴史などが多め)では常識になっているが、活動範囲によっては知らない方もいるだろう。「デジコレ」というのは「国立国会図書館デジタルコレクション」のことだ。

     「デジコレ」で検索すれば、結果のトップに出てくる。

     最近(とはいえ数年は前)閲覧の制限が緩和され、家でも多くの資料が見れるようになった。

     公開範囲は三種類あり、重要なのは「送信サービス限定(個人送信限定)」の資料である。インターネット公開のものは資料が古すぎる。出版から一定期間を過ぎているために権利が消失しているものだからだ。また国会図書館限定のものは、国会図書館などでしか見ることができないので意味がない。

     が、国会図書館の本利用者の登録をすれば、個人送信限定の資料というものが家でも見れる。この資料がまた粒ぞろいなのである。この記事を見るまで知らなかった皆さん、あなたが思っている10倍は見れる範囲が広い(はず)。

     以下はその時に作った画像。※情報が今よりだいぶ古いです

     下は少し後に作った画像。こっちのほうがいいかも。

     歴史オタクにとっては吉報そのもので、大学などの研究では「デジコレ改訂前」と「後」に分かれるくらいの衝撃なんじゃないかな……と感じる。一々国会図書館に行かなくても見れるものが拡大しすぎているので。

     歴史オタク以外も、オタクなら使って損はないと思う。建築や美術、写真などの本がザクザク出てくる。著者・編者欄に「美術館」と入れればバカみたいな数の図録が出てくるのだ。

     ……で、質問というのが

    ①デジコレは1回100コマをpdf出力できるようだが、3回300コマをやっていいの?(できるの?)

    →すべてのページをpdf出力できることになるが…?

    ②マイコレクション(デジコレのブックマーク機能)の上限はある?

    →噂によると1000~2000件ほどらしい…の噂(噂)

     だった。

     TELしたところ、親切に教えてくださった。

    ①pdfに上限はない(回数・範囲ともども)

    ②マイコレクションは1000件ほど。「ほど」というのは1件の資料のコマ数(ページ数)の量で変わってくるため。

     とのこと。

     いや①すごくない!?

     デジコレはスマホで読むのにたいへん苦労する。pdfにしてsidebooksに入れたら読みやすいじゃん。圧倒的な勝ちじゃないかこれは……。

     ②はどうにかしてほしいですね。1700件ほど登録してしまったので。今急いでscrapboxに移してます。

     まとまりのない話になりましたが、”オタクはデジコレを使え”という話でした。

     デジコレの個人送信限定は国会図書館の本登録が必要です。オンラインでも可能ですが、現在遅延ぎみらしいです。

     本登録者以外も、該当の資料の検索自体はデジコレで出来るので、皆さんも興味があるものを調べてアッと驚いてみてください。

  • 傾艦短歌(艦船擬人化短歌)

    その戦場、血の湧く英雄などおらず軽侮の眼差し海上護衛
    沈めたり沈められたり一枚の下へと続く海上護衛
    石油があること運ぶこととは別問題!そう叫んでは海上護衛
    「シーレーン」馴染みなかった今もないとりあえず守る海上護衛
    艦の熱狂浴びて船らも戦える気がした、主戦場は海上護衛
    蒼波に龍の鱗の様に落つ吸音タイルは国防の楯
    海星らの求愛言葉を受け入れてキスをされれば僕らは共犯
    陸上で片手を使い飯を食う非難するのは海上の民
    ソナー越し聴こえるか聴くわだつみの声は聴こえず在るは沈黙
    人魚姫、己をそう呼ぶ時もあり無害を装い隠すは魚雷
    絢爛の紙テエプの舞う祝福に果てなき旅路を願うは虚し
    船舶は国土の延長 亡国の道征く祖国のさだめも背負い
    国辱ぞ客船とはいえ担うは責務、去り往く独逸のお客は何処
    輸送船残るは我のみ 縋るのは栄光の記憶 藁掴む想いで
    鈍色の海で想うはあの時の絢爛たる色舞う紙テエプの
    「花のよう」船体を見て人は言う、白塗り白粉の貨客船
    紫陽花の色彩深め泥沼に 沼を掻き分け海上輸送
    桜散るあの子が散ったわ彼もまた、桜喩えて菊を供う
    火の海の色は薔薇色 薔薇園の花を煮詰めた痛みがそこに
    金盞花金色散りて乱れゆく浮きて沈めば静寂ばかり
    横須賀の艦艇見ゆる駅に立つ 隣通るは制服姿
    制服の姿がなじみ軍港は 店にも貼らる「自衛隊割」
    人びとは平和を祈るその昔 艦を仰ぎし護国の鬼と
    艦艇は征くことが常ただしくば 時代は平和、静寂の海
    除籍艦 垢の際立つ喫水に失くしたかと問う命の重み
    軍港のクルーズ相手に両手振る これも一種の広報であり
    カレー食う戦友は此方に目もくれずカレーはいつでも食えるだろうに
    真剣な戦友が囁く「海自カレー制するものが海自を制す」
    人気にて並んだ挙句に通される質素な裏部屋ハイカラ食堂
    戦友の癖こそこそ集めは溜めていくカレー付属の自衛艦旗
    カレーはね何度食べても美味しいねそういい帰艦す金曜の夕
    艦船の量産たくさん子だくさんふねも人らも産めよ殖やせよ
    「戦標船、美しくないわ彼女らは」優秀船らが矜持で詰り
    艦の簡略化は護衛への道 海防艦は丙から丁へ
    贅沢なデザインだと謂う曲線は美は財の無駄贅沢は敵
    幸福は物があること、千の富幾万の富、帝国の道
    軍縮に踊されては同胞を失くしヤケクソ芸者と踊る
    世の中の全てを恨む時すらも静かな声で彼は語りき
    同胞は平和のための殉教者自沈の誉れの荊冠被り
    海泥む華盛頓にてせめぎ合う対七割を生命掛けて
    未完成中止解体自沈のさだめ艦が失せれば平和は来ます!
    軍艦よ一枚下へ続けども前のみ見据え果てまで征けよ
    人殺し、艦を罵る船達も帝都と南洋結びをり
    船舶は国土の延長 船もまた帝国主義の子運ぶは務め
    「私達自由に海を泳いでた」自由は選ばれたものの特権
    「南下するんだってさあ」魚はいるのかそんな処に
    「そうだとも、我は海の子、いつだって海は優しい」空、寒々として
    この国の海往き思う「俺はまだ日本で死ねるか、ここは祖国か」
    敵機発見敵空母一隻見ユワレ敵ト交戦中の打電を最後に消息を絶つ
    一万の血潮荒波呑まれたが今も捨石、無名の小船
    「電探を集めて早し潜水艦」艦の軽口、船らの軽侮
    頼りない艦の護衛を頼りにす 護衛は苦手、戦を望み
    「護衛戦?護衛とは何、艦艇は戦う務めがある」といい
    灰色の誇りはあるかお前には、思わず尋ぬが艦知らんぷり
    稼働率、稼働率だよ輸送には 船団細切れ護衛少なし
    石油があること運ぶこととは別問題!そう叫んでは海上護衛
    「シーレーン」馴染みなかった今もないとりあえず守る海上護衛
    この海を渡り往く時願うのは魚雷の不発、当たるは覚悟
    私達心中しているみたいね、と船言う言葉告白みたい
    私はさエスコートしてあげられない敵潜悪漢無力諸共
    沈めたり沈められたり一枚の下へと続く海上護衛
    「電探が少し悪いのかしらね」と船の微妙な気遣い辛い
    「私達の海は交わらない。その方がいい、我らは違う」
    なんとなくご飯食べたい生きている実感湧けばなんでもいいよ
    守るのはいつでも苦手 敵潜は船を屑とすそれを見るだけ
    穴二つ 艦を呪いし船たちも護衛に走った艦も諸共
    その戦場、血の湧く英雄などおらず軽侮の眼差し海上護衛
    沈没地、赤バツ付けて付けつづけ真っ赤な南洋ブーケンビリア
    撃沈された愛娘らを呼ぶ声を聞く地獄の火の海に身を焼きながら
    復員兵海に飛び降り大脱走ひとのなき病院船の顛狂室
    航空機らを果てに送った航空母艦はひとり孤独と戦っている
    我が記す戦闘詳報示すのは既に戻れぬ黄金時代
    真珠湾開幕前のざわめきを調律音が低く掻切り
    調律音如くが低く鳴り響くエンジンの音、九九艦爆
    積年の恨みぞと言う彼ら振る帽が靡いて緞帳揺らし
    「桜木の下には死体が埋まってる」下を無視する一枚上で
    針の山殺意尖らせ発射するヘッジホッグで艦を殺戮
    死海に浮かぶふねになりたいこんな容易く死にたくない
    「今こそが船生一度の晴れ舞台」常そう思う、華やかな生
    我が綴るは出日本記、賠償艦祖国と仰ぐかつての敵地
    艦霊の艦内神社を仰ぎ見るその眼示すは神の不在
    花如く散ると誓いて散る時跳ねる桜と呼ぶには赤すぎる色
    特設艦、艦以上に艦たるべし艦も船も等しく翼賛すべし
    鉄鯨を慕い愛して住処とす此処が死に場所鉄の棺桶
    戦えない艦はただの鉄屑だと謂う貴方の首筋が好き
    共に逝く勇気無ければ愛も無く独り死ねよと詰る眦
    うつくしき理念で人を殺せども灰を湛える麗しき艦
    船底の様に濁りし眼して麗しき船錆びる赤色
    永遠の八月が来て私らは生きているぞと実感が湧き
    艦長は勇壮な戦死を語れども巡検の後の暗澹たる甲板整列
    そもそもが亡国である定めなり応召船団我が海失くし
    船舶は国土の延長 兵役を船も負わねば非国民なり
    戦場で遥か向こうの空見れば夜明けの黎明旭日の色
    船舶は国土の延長 亡国の定め諸共船を蝕み
    最果ての海を睨んで見送るは航空母艦の愛しき荒鷲
    地獄沙汰殴り殴られ制裁を受けて波間の航空母艦
    空仰ぎ「敵機直上急降下」叫んで待つは数秒後の死
    麗しき船ね私は麗しき船惨憺苦海の輸送任務
    護送船団の引くウェーキすら憎らしく命託して肩を寄り添う
    それぞれの地獄がありて我ら皆等しく逝けば狂風の中
    「それじゃあ征くよ」と貴方笑えば寂しき艦上全通甲板
    戦争に国家も人もふねたちも一元化すれば愛しきボレロ
    夢のなかで私は貨客船でした五色のテープが彩る我が身
    芸術を愛することは戦争に似てると思う特設巡洋艦
    人姿得た身が鈍く沈みゆく「鐵の城」名だけが強く
    讃美歌を歌いながらも生きること強く願うは軍艦たる故
    人の死をレンズ通して見送れば、灼熱の海(わたし、の、雷撃)
    「嗚呼あのひとも一人の人間だった」人間、と艦を呼ぶことおかしく思い
    軍艦が一隻沈んでいったので人間みたいに花で弔う
    碧々と夜空明ければ黎明の光まばゆい両目に染みる
    戦場で硝煙吸えば思い出す金鵄の味を、火気は厳禁
    艦隊の征く果て淡き蜃気楼冬に始まり夏に終わるか
    果てのなき太平洋の向こうにはふねたちだけの楽園あるらし
    幸福を語り続ける不幸艦「もしも私が人間だとして、」
    敗北も勝利も何も俺たちを変えることなどできるはずなく
    名前なし番号あればそれでよし海防艦も戦標船も
    「そちらでも元気でやれよ」と言われれば帰る場所など既にもう無く
    「期待しているわ、あなたは〝軍艦である〟ということ。そのことだけを」
    思い出はうつくしくあれ愛情も侮蔑も何もそこにあるなら 
    戦場で共に戦い諸共に沈むと誓えばまるで睦言
    いにしへの海底電線繋ぐのは軍艦達が殺した小声
    美しき現代日本様式の美しき様母の薔薇園
    夜駆ける海軍さんのサーカスが狙うは対岸米合衆国
    浅海のように涼しい眼して東から日は昇ると信じ
    大方の艦は道具を自負しをり惜しいと思う我が心あり
    船は海を往くことが幸せ、私たちそう考えても海なお深く
    愚かなることと知れども我往けり我は染まれり海なお深く
    「ヒ船団」名乗り想うは美しきシアトル航路、海なお深く
    船底の様に濁りし眼して「綺麗な海ね」(海、なお深く)
    波強く、押して引けば底なしの、海底深く、海なお深く
    うつくしき吾が妹の吐く言葉呪詛となりては我が心刺し
    誉ある大和の名を唯頂きて我は祖国と共に沈めり
    轟々と鳴り響く音荒鷲が狂飆を征けば勝利が其処に
    孤独こそ僕が求めていたもので僕に貴方は必要がない
    「いつか貨客船に戻るのよ」と嘯く彼女は敗戦に泣く
    されど愛されど憎しみ深くしてあのふね想う艦の情動
    船舶は国土の延長 政治にも軍事にもまた無縁に居れぬ
    野蛮なる祝祭として華開く艦と船とのオーケストラが
    波間にて揺蕩う身をよく潔く受け入れ艀はただ静止する
    「またいつか貨客船に戻るんだ」ビンタを喰わらせ呟けば虚仮
    それぞれの過去を捨てれば我ら皆等しく戦に使わる道具
    人間が生きると書いて「人生」と呼ぶと弁えふねの我をゆく
    同じ名を持ちて我よりうつくしき戦歴を持つ初代の栄光
    人間の行けない場所に行くがゆえに幻想を抱かれる鉄の鯨
    特設の巡洋艦の哀愁と嫉妬の発露、通商破壊
    我も過去、船だったこと忘れまじ(船のままねあなたの最期は)
    「またいつか貨客船に戻るんだ」呟き制裁、僚艦に加う
    愛情も恋情もまたすべからく知ることもなく海を分け征く
    先代を語るときに孕ませる敬意と忸怩を矜持で隠す
    我よりも悲しみ深き僚艦を測距し損ね無言に終わる
    特設巡洋艦獲物を目指し邁進するたび船生を離る
    波上の水兵リーベ僕の船兵士は愛しき船上に乗る
    くれなゐにくれなゐかさね氷川丸純白の肌染まりゆく我
    我を見よこの砲携え進み征く勇ましき様鐵の城
    地図上の仮想敵国ピンで留め遥か微かに轟くスーザ
    覗き込む静かな海に滲み出る黄金時代のナルシシズムが
    「秘すれば花よ貨客船は」船底の濁る空気も身分差別も
    そもそもが植民地たり我が船は伏目で頷き航跡を往く
    往くことを征くと言えるが花のうち重油の無き浜白く眩く
    愛することは支配すること使役するふねを思へば愛おしき吾子
    愛國の文字鮮やかに映える船特設巡洋艦蛮勇な姿
    浮き沈みしつつ無様に足掻きたりカルネアデスの船板の船
    船舶は国土の延長 美しく装えばまたお国の誉れ
    一引きの航跡のために我はあり戦火も息も波を揺らして
    二引描く旗を見よ我婀娜らしき笑みを浮かべて名を名乗るとき
    三度引く汽笛を鳴らして後進は今の時世にできるはずなく
    四は忌言葉、私たち縁起を担ぎ感情の儘に流され民族の船
    五度は引く亡き僚船の声々を無視して尚も船団は往く
    人間のように笑いて人ならぬことを自分で憐れむときに 
    強くあることは犯されぬこと我が「領土」固持し犯すは彼らの領域
    感傷も情熱もなく潔く艀のように静止する我
    得ることのなき栄光を胸に秘めただ粛々と波を切るとき
    選ばれし者と思う屠られるよりも屠るを幸福として
    愚直であることは素晴らしきこと逡巡も悔いも全てを亡きものとして
    うつくしき我を見よ我この姿誇りに思い艦の世をゆく
    一輪の花を野端に見つけゆく海でも同じ世は変わりなく
    忘れたい忘れたくない逡巡が飽和に至る淡き現在
    「聖書には書かれていたわ『信ずことやめたものから沈んでいく』と」
    船舶は国土の延長 うつくしき貨物を運べば共犯者なり
    シアトルへ航路を往けば美しき異国のゆりかご海色浅く
    戦標船「平時を夢見る、うつくしい物を運ぶの」戦禍ではなく
    「嫁ぐとは凱旋なき出征」海軍に行けと言われりゃ三歩引き
    軍艦のさだめを逃れるために乗る逃避の船の果てなき旅路 
    「ふねを我が墓場とするは死ぬ者の特権だろう、」(まるで、心中)
    戦争は世の常人の常なりとふねらも同じ人間の愛し子
    我もまた沈みゆくのだ、群青を身に浴びながら滅び逝くのだ、
    くれないの花を咲かせてふねたちは神話になりて人に語られ
    黒白の姿はかつて紅の線に染まりしうつくしき生
    人間の遺影のように飾られしあまたの船らのかつての航跡
    「ああ……そして、みんな沈んでいったのよ。みんな……綺麗な海になったの、」
    人間の苦悩の何も関せずの遺影の船は思い出となり
    氷川丸語りて曰く「死にきれず、私はここに飾り損なれ…」
    水底のふねはひとしく魚たちの命を抱えて無言の栄光
    犯罪者、放火犯と呼ばれぬが戦時の良い事、火が舞う港
    戦艦は理念を語れども重油なき身の係留の海
    その色は我らが属する海の色pearlgrayもashgrayも
    船舶は国土の延長 国土とも全て燃えれば生く意味ありや
    人間を使役者として愛したり、敵国人と憎んでみたり
    船舶は国土の延長 帝国の国土の延長でもある我ら
    「秘すれば花よ貨客船は」おしろいの下の錆びれた板は歪んで
    船舶は国土の延長 舶来の品はあまたの労働者の血
    鐵の城は武力そのものよ うつくしくあれ残忍であれ
    今一度この時こそがうつくしき生と思えど切る波高く
    三十年目の進水日よ波の冷たさに余命を感じ
    同名の代艦想えば愛おしくまた妬ましく我不在の海に
    船舶は国土の延長 赤紙が人間に届けば船にも届き
    我々に「君死にたまふこと勿れ」そう言う人間がいるはずもなく
    親は刃を握らせて「全速前進、向かうは敵の艦隊あまた」
    美しく人を殺して死ねよとて沈むことこそ使命なれとて
    ばんざいばんざいたからかなこえにまぎれるわれの情動
    菊が咲く艦首を南に向け征けばサンフランシスコ航路は遠く
    我の名は特設巡洋艦「愛国丸」屠られるより屠るを幸福として
    滲み出る悪意を笑みで押し殺し唇を噛めば鉄の味
    己が為帽深々と被りをり長い髪は地位ある証
    轟沈す軍艦に寄すいけにえの如く乗員生存者なし
    美しき名をはにかみ見せる乙女らのごとく船らはたおやかにある
    「地獄では波も枯れ果て航海も往く海々もなくなるらしい」
    往きて海、海と海、海、海の果て 黒々とした鉄の城あり
    船舶は国土の延長 人間の上下を決めるが生業なりき
    弧をえがく艦首はゆるく波を割る波濤を立てるは忍者にあらず
    紅白が交互にまじわり彩るはうつくしき生、秋空高く
    できるなら潜水艦を風船で祝う係の人になりたい
    白、黄色、朱色、藤色、桃色の風船が飛ぶ(祝われている)
    極彩の今このときが艦生でもっとも華麗な装いなりし
    これからは満艦飾もうつくしき装いもなしよ黒色の艦
    艦生でなによりもただうつくしき日である(ぼくらにとってはとりわけ)
    「秘すれば花よ貨客船は」時には軍需品すら抱えて
    矜持のために矜持を捨てること 軍縮の艦自沈する艦
    船舶は国土の延長 船隊は御国のために灰を彩り
    吾が父はそれは素敵なひとでしたこの身を華美に装ってくれた
    前夜にて聞かせることは船のこと船であること使役さること
    我の名は鯨あるいは深海の使者また黒い忍者「おやしお」
    父達の薔薇園にある大日本様式の椅子(我の座す椅子)
    天鵞絨の緞帳は青、それだけが愉快であった、平穏な日々は
    橙の灯は淡き絶望の色、我が老いた証その色
    うつくしく生きうつくしく死ねよとて先代我に名を引渡し
    船舶は国土の延長 舶来の品はあまたの奴隷たちの血
    我はここ貴方はそこにあればいい主義はいよいよ硝煙を帯び
    心中と呼べば甘き結末だ言えば陳腐になると黙して
    回想の過去だけがただ鮮やかで目を開け見据える戦時の塗装
    砕氷艦 孤独に生きよ凍る地が解けることなど知らないままに
    悲しさは、未練は、愛は船などに必要ですか。どうか教えて。
    戦争のまにまに浮かぶ。平穏は戦争後に来る、絶対に来る。
    花びらを見あげたことを憶えてます、散ることを無視しながら、わたしは。
    美しいテープでしたねえ、今生の一番の幸せだったときです。
    さようなら、素敵な船生でしたよ、と、いって娘は工廠に往く
    砲弾は雨と霰と降り燃やし戦争は一つの結末である
    羊羹は甘美なる味 給糧は戦争のための戦争である
    乱れるる碧き波間をとくと見よお前を生かし殺しをもする
    荒ぶれる波に揺られて縺れれば優雅な輪舞と笑う君あり
    その波濤押しては引いて底なしの我が力であり障壁でもあり
    一浪を乗り越え征けば二浪の吾が艦生なり我が定めなり
    除籍艦 垢の際立つ喫水に失くしたかと問う命の重み
    棺桶のやうに深くに沈むもの艦は死なねば朽ちるといふもの
    赤々と波は寄せ引きひとりでは寂しい波間を航跡はかく
    羅針儀は北へ 私は進みゆくこの戦場を征き進みゆく
    極北は此処、この場こそ果て なおも征く場所あると信ず軍艦
    イニシャルはN 父の名を戴きて新田丸往く浅き蒼蹴り
    動物と我らの数だけ沈みゆく(命は重い)ノアの箱舟
    暴風は神の御示し道先は長く遠く寒く瞬く
    女性性語るとき見る護衛戦敵潜なんぞ挟まる余地なく
    優秀船にも戦標船にもうつくしい名を与えたい子に与えたい
    等しく丸シップ、名を与えられ私たち違うのはそう耐久性だけ
    社史語る並びは喪失した順番そこに大小優劣はなし
    不自由の権化のごとく人間の身は重く沈みて海に浮かばず
    私はあらゆる意味でやはり軍艦でした。遺書に書いた。わからなくていい
    マリアナの海戦だって上出来の戦歴である改造艦よ
    命名は祝福我が名は私だけのものだった今あなたに託すわ
    薄幸の娘に施す餞の化粧は死に化粧にも似て
    未完成船というかく甘美なる響きわたしは生きるのが好き
    生きるとは波に浮くことただ海を往くということ燦爛たる青
    水兵のリーベぼくらの愛おしき船きみはただ静寂たたえて
    一人では軽くて二人なら沈む死ぬなら波間に飲まれていきたい
    雷撃の絶頂、わたしは加えられるより加えたい奪ってやりたい
    離別、そう、シルクの手袋着けていた そんな海もあったのだった
    名前、そう貴船はこれから船である ただの鉄ではなくよすがを持つ
    生くべきは海でありつつ死地である吾を柔く抱く血肉の器
    展翅に孕む残虐な愛情と美学 愛機は死地がお似合い
    離別たれかつ強くあれ特設の艦艇もどきを穿つ思い出
    白皙の船は孤独を抱えつつ血糊と垢は濡れればおなじ
    はらわたは鐵の味腹黒はどう海浮きても悔恨の今
    目障りな顔は南瓜と思いつつ古さと場数は海ではおなじ
    二引く線それを戴くことはなし(今は今なり)もしもは苦し
    風船も船のうちならたとえ鉄成れど吾は船、永遠の船
    海だった(船台離れ浮かびゆく我を愛しく抱いたものは)
    戦闘詳報汚泥の流れ赤血潮寄せては引く波濡れる我が身は
    被る赤 あるいはワインあるいは血、生まれることは罪を負うこと
    群青も深まれば黒(夜に往く海に無数の敵潜がいる)
    先代の艦のお触れを頂いて海には美しく浮くこと誓う
    (まぼろしの就航航路はすさまじき死臭を帯びる)米潜がゆく
    「秘すれば花よ貨客船は」白粉で人間を騙すが生業なりき
    「秘すれば花よ貨客船は」「運ぶこと、交流こそが平和への道」
    喫水線、変更の命(運ぶのは女のふりした兵どもよ)
    「京都」というスイートルームがあったっけ……褥のシルクの色すら忘れ
    地獄にてまた会うさだめ 艦長のお示しを信じ海を掻きゆく
    幻影の潜望鏡を見つけたり、見つけ損ねて失望したり

  • お返事

    お返事

    ご感想ありがとうございました!タイミング的に本館ではなくこちらから送られたと存じますのでこちらに。メッセージの他にもwaveboxにパチパチありがとうございます。

  • 「ぶら志”る丸」

    • 『戦時輸送船ビジュアルガイド2』を読んでいたら「ぶらじる丸の船長が灰色を嫌っていたので上塗りが先延ばしにされていたという証言がある」と書かれていてそういうとこ…そういうところやぞ……となった
      • ぶらじる丸の船長さん 船が海軍に徴用されてからも平時塗装を貫いていたので海軍にたびたび灰塗装を要請されているのに「本船は客船だから」という理由で突っぱねて、最後には「軍命令」で折れるやつ
      • ぶらじる丸の船長ってぶらじる丸に死に場所を求めてたんじゃないっすかね…という別の船長の証言、なんか悲しいな 例の絵を見ると…
      • ぶらじる丸の船長さんが最期に叫びたかったのは本当に「天皇陛下万歳」だったのだろうか、船長の義務だけで最期まで船上に残ったんだろうか、と時々考える 「ぶらじる丸ともこれでお別れだよ」「航海が終わるたびに船にキスをして感謝をしている」と言っていたという娘さんの言葉が忘れられない
      • 『客船がゆく』の航海が終わるたびにぶらじる丸の船長さんは船に感謝のキスしてた、みたいな証言 印象的
      • ぶら志゛る丸の船長さんは航海が終わるたびにぶら志゛る丸にキスをしていた、という一文を読むたび、貨客船ぶら志゛る丸であり今は特設運送船だった、これから航空母艦になるかもしれなかったぶらじる丸と共に海底へと没した彼に思いをはせるたびに
      • 最期の言葉である「天皇陛下万歳」は、じつはこの時代ではこうでしか現せなかっただけのある種の空虚な言葉なのではなかったか、ほんとうはもっと個人的な言葉があったんじゃないのか、長い長い別れの言葉が心の裡にあったんじゃないか、とあられもない妄想にとらわれる時がある
        • この話は歴史に対する実直な感想であって、創作的に「消費」はしません…
  • 日記 20250413

     なんとなくこのサイトを作ってしまった。いやまえまえからWordpressサイトがもう一つ欲しいと感じていたのは事実だけど……。

     なんというか、本館サイトは見づらいと感じるけど、ではどう弄るか、を明確化できていなかったというか。新しくつくり直すしかないのかなと感じていたので。

     とはいえここは文章置き場にしたいと思う。本館サイトはなるべくはやく整理する。

     文章で「何が描きたいか」「何を伝えたいか」を明確化したい一方、文章で書くならさっさと漫画のネームを切った方が良い、ともわかっている。まあ小説でもエッセイでも絵でも漫画でも、それぞれえがけるものと伝えられるものは違うので。ぜんぶやるしかない。

  • 客船がゆく

    『客船がゆく』面白かったな。読書ノートも作りたい。