•  というわけで、夕方くらいに「なんか文章置き場が欲しいな…」と思ったので突貫でつくってみました。てがろぐにはないWordpressの魅力をまた一つ上げるとすれば、SCCやHTMLがわからなくてもデザインの調整ができるところかな…と思います。

  • モーリス・パンゲ『自死の日本史』メモ

    十歳で敗戦を迎えた彼らは国粋主義的なしかし力と栄光ある父親の背中を見て今まで育ってきたのだけれど、敗戦を迎え実際に家に帰ってきたのは敗者で、その時代の転換自体には耐えきれたものの、自分たちが国粋主義的、力と栄光ある死んでいった兄もしくは父親の年齢に差し掛かった時になって挫折(「交換価値の支配する砂漠のようなこの世界」)を経験したとき、初めて自分が後を追える理想の存在はない――理想は敗れた――と知る。いや、あるんだけどそれは、理想は(敗戦という屈辱を食わされなかった理想は)悲劇的英雄、死んだ人間たちだけだということを悟ってしまう、というはなし。そして自分もその”理想”を追ってしまう。死んだ人間だけが最後まで美しかった。

  • 2024年8月16日のスペース

    『おおきく振りかぶって』と李良枝作品はなんか似ている身体性が似ている気がする

    →おお振りは17巻まで読んだ→コンプレックス感がひどく深くて良い→それは「ハウルの動く城」にもあるが、おお振りはむしろ暴力的なものを抱えている

    →短編集『家族のそれから』の、同性愛者と異性愛者の男子高校生の交流を描いた短編「ゆくところ」が荒削りだけどすごい

    →(※しばらく沈黙…)

    →おお振りは20年前の作品→現代設定なのにガラケーを使っている→現在の連載もガラケーなんだろうか?私はこれを「おお振りガラケー問題」と呼んでいる→この暴力性は何だろう?精神的に引き吊るような痛みがある→一巻で「腕を折るぞ」と言われているが、そういう身体的なものではなくて、こうの史代のような性的のものを感じる、おお振りとこうの史代と李良枝は似ている

    →李良枝は在日コリアンの作家で私は「かずきめ」が好き→母娘が在日コリアンで、日本人の家族(父、兄弟、妹)と再婚する話で、一番暴力性がある……これがおお振りに似ている→李良枝の重要ワード「身体性」が、高校野球の身体性に似ているのかも?→在日コリアンだからという作品ではなくて世界性を持った文学になっている、という解説を読んだことがある、私もそう思う→姉が恋人に言う台詞がある

    →「いっちゃん、また関東大震災のような大きな地震が起こったら、朝鮮人は虐殺されるかしら。一円五十銭、十円五十銭と言わされて竹槍で突つかれるかしら。でも今度はそんなこと起こらないと思うの、あの頃とは世の中の事情が違っているもの。それにほとんどが日本人と全く同じように発音できるもの。ね、いっちゃん、それでも殺されることになったら、私を恋人だってしっかり抱きしめて、私と、私と一緒にいてくれる?いえ、今度は絶対に虐殺なんてされません」

    →すごい台詞。身体性と暴力とジェンダーがある。これには続きがある

    →「でもそれでは困る、私を殺してくれなくちゃあ。私は逃げ惑うの、その後ろを狂った日本人が竹槍や日本刀を持って追いかけてくるわ、私は逃げきれなくて、背中をぐさっと刺されて、胸も刺されて血だらけになってのたうち廻るの。いっちゃん、あれは痛いのね、とっても――この間いっちゃんが研いだ包丁を掴んでみた。そしたら身体がびりびりとしびれて興奮してきて、まるでセックスをしている時のような気持ちになったわ。私、自分が何故お料理が嫌いなのか解ったような気がした。恐いのよ、あのびりびりした感じがたまらなかったのよ。それでね、その包丁で胸のところと手首を切りつけてみたの。痛かった。それに血が、本当にわっと出てくるんだもの。ぐさりとやってみたかったけれど、もっと血が出るのかと思うと恐くなって――今度は金槌で脚を叩いてみたわ、そしたらやっぱり痛かった。ねえ、いっちゃん、私は虐殺されるかしら、ねえ、どうなるの、もしも殺されなかったら、私は日本人なわけ?でもどうしよう、あれは痛いものね、血がいっぱい出るんだものね」

    →ジェンダーと身体性、民族が一緒くたになっているすごい台詞→身体性、「ぐさっとさされて」…

    →というのがおお振りにもある気がした?→ピッチャーの榛名元希は怪我をしていて大荒れしている、キャッチャーの阿部にとにかく球をぶつけている、男子高生/中学生時代→ひどく生々しい感じがある→「腕を折るぞ」が生々しい、主人公が弱気でブルブルしていることの理解度・解像度が高い、生々しい、絵が細かいのかな

    おお振りはカタストロフ(破滅的状態)が似合う作品、人間性・人間関係がごちゃごちゃになって映える作品、パロディが合いそうな作品→作者は下ネタを言いすぎて女子高生に引かれた、と書いているがそれが反映されているような気がする、こうの史代も「男と女はわがりあえない」と言っている、漫画「古い女」もある→両者はやはりどこかでジェンダーというものを通過している、まあおお振りは男子高生ばかりだけど……下ネタをいう男子高生とか

    →阿部が怪我をするシーンが有るが、これは敵相手がわざとけがをさせた話?いきなり話がブラックだった、ひどく生々しさがあった→高3は野球で負けちゃった後、テレビの野球試合が見れない、とかこの機微はすごくよくわかる→人間の闇の描き方が上手い→おお振り二次創作は身体性と暴力という話に持って行けばいいのかな……「かずきめ」みたいなおお振り二次創作小説……

    歴史性と身体性とジェンダーがごっちゃになって「あれは痛いものね、血がいっぱい出るんだものね」と全てに刺さっている→まあこれをおお振りで出しても仕方ないのか……

    →「ゆくところ」は濃厚な暴力性がある→登場人物の足が不自由で「お前の劣等感好きだよ」「障害者ってどんな感じ?」「おまえって障害者?」とか言われる、この地続きにおお振りがある

    →「著者、昔何かあった?」がこうの史代にもひぐちアサにも野田サトルにもある

    →「アル中が何だかわかんのか、CTかけたら頭がスカスカだったんだぞ、”敵が来たー”とか叫ばれてみ、家ん中スゲーすさみようだぞ、一年かけて矯正してもって半年、一口でも飲めばすぐ戻んだぞ、アル中の子供もそうなりやすいって施設で言われてさ、友の会に誘われちゃったよ、オレまで影響受けちゃってんのあのクソ野郎」父親がアル中、母が「シンケイショー」という話をしてくる

    →…二次創作をしたいからどう解題しようかなと思いつつ→花井の田島へのコンプレックスとか、高3はもう後がないとか、三橋がとても小心者で……→これはトラウマの話

    →私は他の野球漫画を読んだ事がない→『のだめカンタービレ』が好き、理由はバトル漫画じゃないから→音楽漫画にはバトル漫画が多すぎる→バトル漫画は萎える、伊藤計劃も似たようなことを言っていたけど、登場人物が興奮するほどこちらは萎えてしまう→音楽漫画としてののだめ、野球漫画としてのおお振り→野球を知らないので、野球以外の要素を楽しんでいるはず→登場人物がトラウマや闇を抱えている、でもけっして暗くない

    →こうの史代は「距離感」が上手い→女だから、広島県民だから感情的になる、というものがない、感情があるが滲みださない→漫画「古い女」は主張を感じる→ところですずさんには主義や主張はあった?義姉さんにも似たようなことを言われているけれど

    →『この世界の片隅に』の主題ってなんだ?となる→あとがきにあるように、戦争漫画・平和漫画というより、戦時下の生がだらだら続いている漫画→「うちはこんなに納得できん!」で初めて銃後の妻、愛国者であることがわかる→すずさんが『この世界の片隅に』が主張したかったことってなんだ?

    →朝鮮の旗が出てきたのはすずさんの生活上というより、著者が描きたかったこと/描かねばならなかったものなのかもと思っている→映画の台詞改変、「米」の話あれはスムーズで良いと思う

    →私の漫画「大脱走」は脱走した話→占領期時代だったのであえてそうした→1971年の『日本郵船戦時船史』の時は逃げないで欲しい→三菱重工さんとカラオケして欲しい、重工さんに浅間丸の話を聞いたら「ぼくは今作ってる兵器の話しかしませんよ」とか言われる

    →重工の長崎史料館は良い、ふねを愛していたんだな、となる→郵船さんにとっては橿原丸は隼鷹となる、重工さんにとってはどちらも製品の「ふね」→郵船さんが「私にとっては船は貨客船だったクヨクヨ」となるとまた脱走になってしまうかも→海軍に取られたというより送り出したというより主体性がほしい、「大脱走」は1948年だったのであえて脱走にしたけど

    →すずさんの「暴力」発言は早すぎる、あそこで脱走すべきだったのではないか→結局その「暴力」は戦後数十年かけて語ったり語らなかったりするもの(いわゆる歴史認識)→旗を見て暴力となるのなら、玉音放送が「うちは納得できん!」わけがない→『戦時船史』を造るときにどんな時代だったか、を郵船さんに「渺渺録」で回想して欲しい→そもそも私の船の話を聞きに行く、というのが主体性の無さになるので、ほんとうはそんなことすべてわかっている、わるい確信犯の話、である、しそうしたい

    →二次創作をしたいけど、やはり擬人化を描くのが好き、歴史が好き→一次創作は指数にする寄せて描くものが無いので絵が歪む、阿部隆也はたれ目に描かねば…みたいなものがない

    →思念は、思ったことは作品にして、読者の皆に食わせるしかない→1971年に出来る戦争の回顧、という主題は作品にしないと他者にはちゃんと通じないだろう→やはり御社が「ツケを払って」くれる話にしたい(失礼な感想)

    →ゲ謎はいい映画、「国が滅ぶぞ」「ツケは払わなきゃな」はすごい、2000年代のアニメだったら『ハーモニー』の最後みたいに滅んでた→世界が滅ぶことを美しいと思わない感覚が最近の作品には出てきた

    →『戦時船史』もすごいけど同『資料』の方がすごい、デジコレで読める→船で編む、ことも特殊な業界だと思う、乗組員もいたはず、乗組員の本も勿論あるけれども…→重工さんにとっては艦艇、貨客船、軍縮で自沈、商船改造空母も愛しいふね、郵船さんにとっては貨物船や貨客船が愛しい船

    →日本郵便…というか逓信省の組織史に浅間丸が掲載してある、物流としては逓信省にもかかわりがある、そのような世紀を描いていきたい→説教くさいのは描きたくないが時代を自省したものじゃないと…昔ってサイコー!だと危うい→高島屋さんがこの国の威信を美術を持って設計していると良い、緞帳をつくる、貨客船が美しかったことの意味、を描いていきたい

    →李良枝はどちらにも属せなかった…というよりそこに属せない自分と周りの齟齬が痛い、周りとの差がギリギリと痛い、がある→それがおお振りにある気がした、んだけど…→実は15巻あたりとか辛くてよめなかった→負け試合の野球の「あ~~~……」感がつらい、それも登場人物が人間関係のことを考えながら負けているのばかりなので

    →『外地巡礼』にも李良枝の話がある→私は「言語が生命を担っている」立場(一円五十銭の世界)に置かれたことがない

    →『外地巡礼』に一文がある…「母語と母国語の間で暴力的に引き裂かれるものの物語として読むだけでは足りない」…「日本語を母語と母国語として生きているものは、由煕の言語の苦悶と無縁なのだろうか」…(「由煕」は在日コリアンで韓国留学をして韓国に失望して日本に帰ってくる女の子の話)

    →母語と母国語にもなじめない、暴力性に引き裂かれるもの、の苦しみは、特設艦船(軍用艦に転用される商船)にもあるんじゃないか→貨客船として生まれながら横書きの航海日誌ではなく縦書きの戦闘詳報でしか語れなかった船→航空母艦冲鷹=貨客船新田丸は新しい船なので航空母艦になったけど小さい船、輸送船の護衛任務や航空機を運んだりした、でかい戦闘機を発艦・着艦したりしなかった(華の戦闘には加わらなかった)→そこで引き裂かれる思い→でも船は海を往ければ幸せなのではないか?→にせものの軍艦としての名誉、かなしさを掘り下げられればいいのではないか

    →美しい時代があったはずなのに戦争があって…→でも美しい時代を生きる為に生まれたのは優秀船舶建造助成施設があったから、という時代でもあった→という視点で「渺渺録」を描く、企業は事情をわかっていた、わるい確信犯→優秀船舶建造助成施設であるぜんちな丸や新田丸を作った、船の設計でエレベーターの配置などを航空母艦に転用しやすい船として造った、でも小さい船だったので、改造しても赤城や加賀のような大型空母にはなれなかった→企業は御国奉公を迫られ助成施設に参加したりした面もあるけれど→海軍に取られた…もあるし、送り出したのもある

    →あ、これは全部擬人化の話ですよ!?

    →郵船さんが1971年『戦時船史』で回顧してほしい→共に「下っていく」話が書きたい、海で言うなら「沈んであげたい」→「一緒に沈んであげるべきだったよなあ……なあ、浅間丸」という語り掛けが欲しい→映画「風立ちぬ」の原っぱを下る話は、煉獄から地獄へ降りる話なんですかね?→浅間丸と一緒に沈んであげるべきだった、という郵船さん→もちろん夢オチとかで言う、大企業なので沈まないので…→「渺渺録」の郵船さん、主体性くれ~!→海軍さんは貨客船の加害者ではない

    →郵船さんは浅間丸が好き、図録の後ろも浅間丸なので→ツケ払わなくてもいいけど、ツケあるんだなという気持ちで生きて行ってほしい→船の話を聞いて回るけど、聞かなくても私が一番分かっていたという話→夢の中でもいいから「一緒に沈んであげたい」

    →戦没船をどこに設置するかの話→海軍に取られたのか、優秀船舶建造助成施設で造ったとみるのか→主体性とツケ払が欲しい、「大脱走」では脱走したので

    →1948年の「大脱走」の主題は「今とこれからの話がしたい」。1971年「渺渺録」の『戦没船史』では”時には昔の話を”、ですよね

    →船で運んだというのはどういうことか?→『阿姑とからゆきさん シンガポールの買売春社会』(阿姑は中国人・からゆきさんは日本人)→本には日本の海運会社の名前が載っている→日本海軍はシンガポールでからゆきさんと会っていた→からゆきさんは運ばれていった、という客体だけで捉えるのではなく、行ったしお国奉公で日本にお金を送金していた、また同朋の海軍の接待を嬉しさを持って接していた

    →日本の近代化にあたって女性と石炭の輸出が重要だった→運んだこと運ばれていたこと、そこでなにをしていたのかということ

    →やっぱり擬人化関係あるか?となる→けど擬人化の均した感じ、観念の話が好き→あと擬人化100年1代の視点が好き、人間が100年4代で…→何が正解かわからいけど、あの時代にあったことを脱臭して無臭にして書きたくない→時代が好き…というと無条件肯定になる…どちらかというと執着がある→時代・歴史が好き、と言っても本を読んでいるだけなので実際は知らないので、『この世界の片隅に』から研究書を読むしかない

    →『HHhH』おすすめ、そういう悩みが延々と書かれている、歴史創作や歴史を扱う人には勧めたい。ナチスの小説を書こうかな…どうしようかな…みたいなことが書かれている。→「彼は名前を呼んだら返事をした実在人物なんだよな」「ナチスの一次資料がナチオタのせいでクソ高くなってるけど買わんでいいかな」とか→小説本編も挿入されている、歴史創作の悩みと歴史創作本編が書かれている→フローベルの話がある「時代考証はある単語、あるいは観念を調べていくうちに支離滅裂な妄想に耽り、切りのない夢想にはまり込んでしまう、がこの問題は真実性の問題とは切り離せない」と書いているみたい

    →ちなみに私はこの種の悩みはupnoteに書いている→「大脱走」は2分割ノートになっていて、片方は37000文字ある(すべてが「悩み」ではない)

    →「今までは「ふねが沈んだ、だから悲しい」とか「戦争に負けたのでつらい」とかそういう、なんというかストレートな話しか描けなかった。そしてそれらは往々にして機微や繊細さに欠けていた。人の感情は、人生はそんな単純なものではないのだ、人に彩られた企業や船もそんな単純な道筋を進むわけではないのだ、と思いつつ模索している」

    終戦を以てしても戦争が終わらなかった物語を描きたいのだ

    「硝子に書かれた看板文字がスキ」

    「美しい貨客船を描くべきか」などなど

    →一次創作が描けない→オリキャラ愛は強くはない、私が映画監督でキャラは俳優のような感じ、他人である

    →あの時代を描くという気持ちはある→(私もだけど)時代をまったく知らない人いる、その人たちにどう伝えるか→「占領期の日本海運」と言われてわかるかどうか?「氷川丸が南方に復員作業に着く」とか→「華やかな客船文化を憶えている」で伝わるか?という話

    →「大脱走」の台詞に「華やかな客船文化を憶えている。同時に各地に棄民同様に打ち捨てられた三等客のことを憶えている。軍隊を憎みながら嬉々として加担したことを憶えている。私たちが社員と船を戦地へ見送ったこと、そこへ船で運んだこと、諸共沈んだこと、沈まなくてもそこで軍属や特設艦艇になったことを憶えている、そして外国で戦火を広げたことを憶えている!戦争は私たちの招いた結末だったのだろうか、これは私たちへの罰なのだろうか」があるが、これを共有できるのか、郵船さんの自省を、時代を読者と共有できるか

    →そう考えた時に貨客船を、ベル・エポックを、「美しいものを失ってしまった」という普遍性に焦点を当てて描くべきなのかも→美しいものへの離別、その主題を1945年などで補強する→「大脱走」は不親切、わかっていたけれど

    →そもそも戦時下の船員さんは有名ではない、「兵士たち」に含まれない戦場の人→わかりやすさは重要、占領期、船員、戦没船→私はわかるけど相手はわからない「戦没船っているじゃん?」「え……軍…艦?」となる

    →企業は本土にあるので、見送った側だし戦没を見ていない→なので一緒に沈んであげたい、も感傷で観念になるかも

    →「郵船ビルが接収される!!」に読者はうん?になるかも、それを美しいものを失ってしまった、で持って行く

    →あるぜんちな丸の小説「海にありて思うもの」を書いている→3章構成であるぜんちな丸(海鷹)、新田丸(冲鷹)、春日丸(大鷹)、シャルンホルスト(神鷹)の話→シャルンホルストは戦争でドイツに帰れなくなった→『艤装の美』に「異郷での客死」と一言がある→貨客船のシャルンホルストの軍艦の海、日本の海という二重の「異郷での客死」→こういうのも越境文学さがある

    →2章目のあるぜんちな丸と冲鷹のはなしが「かずきめ」を念頭に書いた

    →冲鷹はきっと病んでいる→新田丸、小型でたいした航空母艦にはなれなくて、どこか輸送船が羨ましい、でも私は軍艦としてしか生きれない→「未だ商船の名残を留めたる特設運送船に対し、すでに商船でない商船改造空母が軍艦であることで優越を誇る海軍という場の、露骨なまでの軍隊ざま、すさまじき地獄ぶり」→「ここではそうあることでしか我々は生きれない」→隠し切れない屈辱と羨望とをその声に孕ませ航空母艦隼鷹の名を呼ぶ冲鷹

    →あるぜんちな丸の姉妹船ぶら志”る丸がぶらじる丸のまま戦没しているのも運命を感じる→あるぜんちな丸は海鷹になる、ぶらじる丸は戦没してしまったからぶらじる丸→貨客船のまま沈んだこと→ぶらじる丸はぶらじる丸、新田丸は冲鷹して生きてしまった、ことの悲しみ

    →『戦時輸送船ビジュアルガイド2』にある一文「昭和初期、可能な限り欧米のしきたりや技術を取り込んで国威の発露たらんとした「浅間丸」型は、多くの要人や著名人をのせて太平洋を往来し、時代の推移を陰で支え、時には自ら表に立った。日の丸船隊の花形とうたわれながら、それでも現実は順風満帆とはいかなかった。この3隻こそ、日米戦の無謀さを最も熟知していた船だったはずだ。外交とは何か、平和とは如何にして得られるべきか。自らの時代に、忌まわしい流れを別の方向へと変えることはできなかったのか。日本という場所に生き得たものは、果たしてどうあるべきなのか……。暗い深淵で、彼らは今なお自問自答を繰り返しているかもしれない。ただ、空母という戦争の道具になりかわらず最後まで客船という本来の姿を通しおおせたことで、彼らは平和の尊厳を未来まで明快に体現する力を手に入れた。あなたには深淵の声が聞こえるだろうか」は読んで欲しい

    →浅間丸はサンフランシスコ航路船、古め、航空母艦の予定もあったけど流れた、輸送船として戦没する、空母にならなかったこと、空母になったら浅間丸じゃなくなる→浅間丸は美しかったものの象徴、私も日本郵船も→浅間丸の図録は妙に厚い笑→「大脱走」も浅間丸に捧げた

    →軍艦、艦艇、灰色も書きたい、今なら帝国の時代の軍艦、海軍らしい艦艇が描けるはず→貨客船の話ばかりだけど、やはり軍艦は好き、かっこいい→10年前と今だと擬人化の解釈って変わる気がする→多方面で見るべきものを一つで見るのが擬人化創作、可愛い女の子か凛々いい男の子か→まあキャラを描くことだけが擬人化創作ではないので…

    →『『細雪』とその時代』がある、『細雪』も美しかったものが滅ぶ話→『『細雪』と』に藤永田造船の話がある→大阪商船さんが「こいさん」と言ってほしい、船場言葉短歌が欲しい

    →おお振りのコンプレックスとトラウマが良い、これらは李良枝に似ている、これをまとめて二次創作が描きたい→社会人パロが似合う、『私の男』第一章が合う、駄目になっている関係性、誰か絶対にバウムクーヘンエンドを迎えているはず

    →艦船擬にはトラウマはない、特設艦船擬にはあるはず→海軍は加害者ではない、そう描く気もない、あれはシステムの問題だと思っている→青春鉄道の人間との関係性と時代の捉え方がめちゃくちゃわかる、上手い、青春鉄道もいつか二次創作したい

    →トラウマの話、何かを失ってしまった話としての特設艦船、おおふり、『マーダーボット・ダイアリー』がある、トラウマの世紀


    ※×「にほんゆうせん」/◎「にっぽんゆうせん」:いつも「にほん」で変換しているのでつい発音もにほんになってしまう……。
    ※阿部君がけがをしたのはたまたまだけど、怪我をさせた選手は昔ラフプレーを続けていた、という設定みたいでした。すみません。

  • 世界に馴染むなよ

    適応したら終わりだ、みたいな気持ちで小説を書いている

    • 小説を書きたい、二次創作でも一次創作でも擬人化でもいいけど、主題はなにより世界に馴染まない話、世界に適応しない話が書きたい  適応したら終わりだ、みたいな話を…
    • 映画「17歳のカルテ」は未遂した女の子が精神科病棟を勧められて、入院する時に、病院まで運んでくれたタクシー運転手に一言「馴染むなよ」と言われるんだけど、そんな、そんな感じの馴染むなよ、な話が…
    • 越境文学(という言い方も曖昧だけど)にある世界、あるいは周り、あるいは世間一般への馴染めなさ~…みたいなものに惹かれるのかもしれない
      • 惹かれるという感情自体が「選択肢がある人間」(というテイにさせてください)の特権と傲慢さなのだろうが
  • 身体性と侵犯性

     ある種の侵犯行為が身体性を持って迫ってくる話が欲しくて、それは特設艦船に欲しくて、なぜなら彼ら(彼女ら)は身を改造されて軍隊に統合されるからで、でも侵犯行為が身体性を持って身に迫ってくる話というべきものは性的なものとは分離し難く、しかしふね擬で性的なものなど描く気がない、という話

     軍隊でのなじめなさ、性的な緊張感、自分は人間でないこと(それが特権であり孤独であること)、生理があること、子どもは産めないこと、それでも生きなければならないこと、死と沈没の区別がつくこと、人間にそれらを混同されること、血を被ること、かつての華やかな航路、ドロッとした海、生臭い潮の匂い、改造時にどこかへ行ってしまった鮮やかな梅色のソファ、戦闘詳報と航海日誌のあいだ……

  • 企業・組織擬人化創作小説「時代の横顔」

     あのう……ですね……。その、先生を、先生を今日、お呼びしたのは、というか、ごはんに誘ったのは、中学校時代の教師である先生を食事に誘ったのには、ほんとうに……別に深い意味はないんですからね。ほんと。いやそれなりの意味はあるんですけど、学生時代にあたしとセンセはそれなりに交流はあったし、その延長上に今日のこのごはん会があるだけですからね。……え?いや、会社じゃあちゃんと「わたし」って言ってますよう。大学卒業のときに、自分で自分を名前呼びするのだってやめましたからぁ。そうじゃなくって……日々の反省会をしたいんじゃなくってですねぇ……。え、ああ、あはは、先生にはよく廊下に立たされそうになりましたよね。授業中騒いで。携帯も何度も没収されたし。あの時代ってまだガラケーだったんだよねえ。いやあ、すべてが懐かしすぎる……平成って、一体なんだったんだろね……。
     まあ、でもセンセはアホだから……いやアホってそういう意味じゃなくって!!おおらかで優しめ人のことを、あたしはそうやって表現しているだけなんですよお!だから、先生はあほうだから、おおらかだから、すべてに緩くて、優しいから、だから突拍子もないことも話せるんですけど。そうだよ、本題だよ。今から本題言うよ。ほんとうに、ほんとうにびっくりしないでほしいんですけれど、……だから、……。あのう……先生は、………………日本海軍って……どう……思いますか?
     ……え?いや、入らないです、海上自衛隊には入らないです。日本海軍ですって。昔のですよ。うよく……え?右翼?っていうのでもないです、たぶん……。いや目覚めてもないです、目覚めるって、何に?真実ぅ?……え?かんこれ……?かん?たいこれくしょ……いや……いえ、いや、いやいやそうじゃなくってですねぇ。
     …………拾った、んですよね……。……え?何を?え、いや、日本海軍を……。日本海軍さんを、拾ったという話なんですけど……。
     え?いや、大丈夫、大丈夫です!わかってます!引かないでください!!おかしいですよね!!正確に言えば、日本海軍を名乗る男を拾っただけなんで!あとその男も、もう家に居ないんで!大丈夫です!ええ、ええ、うん、たぶんそう、先生も昔、歴史の授業なんかで言ってた、集団の象徴みたいなものだと思う。軍だから軍象、なんでしょうか。いますよね。たしかにいるってセンセも言ってましたよね。実際いるんです、彼らは。密かにいる。ただそれが、今が現代で、彼が日本海軍であることが問題だっただけで……。海上自衛隊だったら問題なかったんだ。……いや、問題なかったのかな……。海上自衛隊さんが、落ちている……?まあどっちみち、拾った男が日本海軍を名乗ってました。マ~ジでびっくりしたね。
     ……は?グンコク主義の復活?ぐんかのおと?いや、そぉんな大それたものでもない気がしますねえ。だいたい復活だというのなら、もう居ませんよ。グンコクすぐ滅んじゃった。海軍さんを拾ったけど、帰りました。どこに帰ったのかわかんない。消えただけなのかも、今度はほんとうに消えたってことなのかなあ?
     ……拾ったのは一ヵ月前と少し前のはなしです。二日前に消えました。お盆に消えちゃった。
     あたしは地元の……そー鎌倉。その浜辺でビーチコーミングしてたんだけど……え?今そんな名前になってる。砂浜で貝を集めることが。カッコいいっしょ。だから、それをしていた、ビーチをコーミングしてたんです。だんだん陽も陰ってきて、海も貝もぼんやり見えなくなりそうで、寂しい浜辺になり始めて、まあ今日はお開きっすわ~魚介類ども今日はこれで勘弁したるわ、なーんて帰ろうとしていたタイミングで、すこしとおく、それでも目に見えるくらいの距離に男の人が立ってるのを見つけたんです。
     一言、ヤバかった。超不審者だった。というのもボロボロの洋服を着ている男の人だったんで。……なんで彼、軍服じゃなかったんだろ。……え?第二、復員省?……ふーん、まあいいです、あたしにとってはただの海軍さんなので。
     まあ、ちょっとした緊張感を持ちつつ、遠回りをして帰ろうとしていた時に、その男があたしを見つけたんでしょう、ものすごい勢いでこちらに走ってきました。ええ、死を覚悟しましたね……。あ、ヤバ、みたいな。じゃ、あたし死にますわ、っていう……。そしてその男にものすごい勢いで肩を掴まれ、男は一言言いました。正確には聞いてきました。
    「おい、ここはどこだ」
    「ひッ……」
     この状況じゃ答えられないですよね。悲鳴を上げそうになりました。というか実際ちょっと上げてた。ハイ……。
     その男のひとはボロボロの服を着て、あたしに縋るように肩を抱いて、もう一度ここはどこなのか、を問いました。怖かったけど、その目には哀れなくらいの必死さがあった。誰かに捨てられてしまったかのような戸惑いがそこにありました。
     あたしはそこでやっと、相手があたしとおなじ人間のように思えました。おなじ人間なんかじゃなかったのにね。でもあたしは、今度はちゃんと返事ができました。
    「か、かまくら……」
    「鎌倉?」
     呆けたように何回か繰り返して、さっきの勢いはどこへやら、小さな声であたしにまた尋ねました。「にほんはどうなった」。
     は?日本?こーんな感じにこうなっているけど……という思いすらもなく、あたしは、今のあたしがどうなっているのかもわからないまま震えていました。それはその男の人もおなじでした。あとから聞いたんですけど、彼、その時は「復活」した直後で意識が朦朧としてて、日本がどうなったのか、思い出せなかったらしいです。負けたってこと、ちゃんと知ってたはずなのにね。
     その男の人はそのまま、にほんは、とかふねがもう、とかぶつぶつ言ってました。
     よくよくその男の人の顔を見てみると、あたしより数歳年下にすら見えました。身長はでかかったし、妙な威圧感があったし、勢いよく走ってきたんで気づかなかったんですけど。呟く彼は雨に濡れて汚れた大型犬みたいで、主人をなくしてしょげたままのわんちゃんみたいで、なんか無性に可哀そうになったんですよね。
    「あのう……大丈夫ですかあ」
    「いや……ああ……。大丈夫なのか……。わからん……。なぜ俺は鎌倉なんぞに」
    「ビーチコーミングとかしてたんじゃないんですか?」
    「び……?」
     そんな会話をしながら、そのまま海岸の石階段で、夕陽が海に落ちるさまをいっしょに見て日本の斜陽から敗戦に至るまでの話をしてました。というか、一方的にされました。彼はなんとなく自分を思い出し始めていて、自分が日本海軍の依り代であること、戦争に負けたこと、敗戦後にしばらくこの世にとどまっていたこと、その後はよくわからないことをただ喋ってました。なんだっけ……水が足りないって暗号、とか言ってた……あ、そうそう、それ、ミッドウェー海戦では暗号がばれたのではないか、とか、そんなようなことを占領軍のアメリカ人が言ってた、とか、その悔しさとか、軍艦がたくさんあったこととか、それがなくなってしまったこととか、香港?マカオ?あ、上海だったかな?どっか中国の戦争かなんかの話をしてました。
     彼がそういう、なんというか自分が惨めな話を真っ向からあたしにしたのは、その時が最初で最後だったように思います。たぶん、混乱してたんだと思います。
     そこで気づいたんですけど、昔の戦争のことであたしが知ってるのって、戦争後すぐで記憶が止まってる彼よりも少なかったんですよね。ミッドウェーってどこだよ、って。彼がいなくなってからGoogleマップみたけど。遠ッ!ってかんじで。どこの海だよって。そんな遠くまで行ってたんだって。びっくりしちゃった。
     海戦で勝ってとても嬉しかったけど好きだったふねと乗っていた人間がたくさん沈んじゃった~って言ってるときと、炭鉱は働くのが特に大変だったからチョウセンジンをいっぱい連れてきたんだよなあって言うときの彼のちいさな笑顔を覚えてます。さっと鮮やかで、ほんと、サッカーでゴールを決めた高校選手が謙虚に喜びを滲ませてるみたいな自然な感じの笑みで……。あれが時代の顔というものなのか、戦争の時代というものなのかなんですかね。わかんない。あたし、ただの会社員なんです。特にシュレッダー業務が好きです。とても楽だし。ボタン一つ押すだけでぜんぶ終わるし……。

    *
     日本海軍、軍隊、軍人を名乗るのに反して、彼はしごくまともそうでした。いや、まともそう、って言いかためちゃくちゃ失礼ですね。
     でもなんか、その日本軍って名乗りを聞けば「そこの下女……」みたいな語りかけや吐き捨てをしてきそうな感じがあるじゃないですか。え?帝国海軍はスマート?そうだったのかー……。…………それ、ホントに?はー……。ええー?うーん、……まあいいや、まあ、そのスマートな彼は洋服がぼろぼろなこと以外はまともでした。あたしたちはまともに会話をできていたと思います。ちゃんと。いままでしたこともない戦争の話が話題だったということを除けばだけど……。
     そして結局、あたしは彼が日本海軍の軍象だということを受けいれました。そうなったら今度は彼をどうするかというはなしになりますよね。変な不審者ではないこと、また今が現代であること、この二つを考えると彼は今とても不憫だ、ということになっちゃうじゃないですか。さりげなくその場を立ち去れればよかったし、そうするのが当たり前だったんでしょうけど、さりげなさを装うには戦争の話を語り合いすぎたし、なんならあたしは話の途中でつい「え、じゃあもう帰る場所ないじゃん!」なんて指摘しちゃってたしそれに素直に海軍さんはしょげてた。もう不自然だよね、一人で去るにはね。だからまあ、……家に連れて、帰ったよね。
     この状況はよくない、非常によろしくない、相手が海軍さんだとしても……え?海軍さんだからこそまずい?いやどっちにしろまずかった。とりあえず着替えと風呂だったから、さらにまずった。今は関西に居て、昔同居していた兄の服はまだ取ってあったから、それを入浴後に着せました。Tシャツは胸に英語でGood Times Start Nowって書いてあってちょっと笑っちゃったんだけど、昔の人だから英語は読めないだろ、と思って油断してたら「一体なにが始まるんだろうな……」って海軍さんが呟いちゃって、笑いと申し訳なさの感情の観覧車に……え?海軍は英語が得意?なんで?戦争で英語は使っちゃだめだったんじゃないの?ふうん……。あの時だけは、互いに二十代の若者の会話で、なんだかそれが面白くって、あとから思えばただただ空恐ろしかった。
     日本海軍の象徴は現代に生まれればあんななんだ、とか。今の海上自衛隊の象徴はあんななんだろうかとか。両者はどう違うのだろうかとか。時代ってなんだろうとか。時代の顔、が……。なんか、もし戦争がなかったら、っていう言葉、よく夏にNHKとかで流れてる番組のとは違う……あの番組に出ている人たちの言葉とは違う……あれが自分のことのように、ってやつなんだろうか、感じてしまった。そう、もしあの時代に戦争がなかったら、何か、彼にとっていい時代が、その時に始まっていたんだろうか。ってあたし、なんともいえない感じに、もやもやしちゃって。
     えっ?ああ……戦争が無くても植民地というものがあった……?グンジコッカのタイセイ?テイコクシュギ?ああ、そっか……?でも、正直言うとあたし、そういうのにぜんぶ疎かった。ガラケーの前の時代って未知の歴史なんだよね。ぜんぶが石器時代っていうか。日本史の先生のセンセは今、連立方程式を解けますか?あたし、昔は得意だったのにもう解けないよ。あたしにとって、数学と歴史はひとしいんだ。計算なんてハガキの不備が合計百四十九件あるときにしか使わないし、その計算だって電卓でやる。日本史の戦争も植民地?も、そういう意味じゃあたしにとって夏の夜の暇つぶしになるだけかもしれない。テレビ番組にはなれる。けど、少なくとも仕事じゃ使えない。使わない知識だった。少なくともあの浜辺に行くまでは、そうでした。
     センセはそうゆうのムカつく?悲しい?……そっかー。日本史の先生だもんね。てか先生は日本史ってか、歴史が好きなの?歴史の何が好きなの?海軍さんがよく言ってたみたいな、伊四百が開発できたこと?それとも、本に書いてあったみたいに、ダイハツだっけ?……に、それに助けてーって縋った兵士さんたちが、そんまま仲間に腕を切り落とされちゃったとか、そういうお話が好きなの?あー、あはは。……そうだよね、んなわけないよねー。わかってるわかってる。ごめん、殴んな殴んな!殴んなってー!あはは、はは……。……なんかね、海軍さんがいた時、彼が見てないところで本を一冊読んだんだけど、難しくて、ぜんぜんわかんなかったよね。彼がいた世界ってどんなだったんだろ、……今も分かんない。ダイハツって何?車?……センセはなにが好きなんだっけ。好きじゃない?大人としてのギム感?はあ……そうなんだ。
     で、とりあえずその日はそのまま寝ました。兄と二人暮らしだった時期があるので部屋だけは多くて無駄に広くて、それだけが救いでしたね。それでもやっぱ、無警戒過ぎたと自己嫌悪に陥って、で、そのまま無警戒に寝ました。
     男の人というか、軍人というか軍隊というか、男の人だったので、もっと警戒すべきだったのでしょうが、何もなかった。一貫してなにもなかったです。たぶん、何かしたらまずいという意識が彼にはちゃんとあったのでしょう。だって、彼がいるのは二〇二〇年代の日本で、戦前の日本じゃないんですから。何かをできる権限は、誰にも保証されてなかったんだからさ。

    *
     海軍さんは次の日の朝も普通にあたしの家にいて、当たり前のように、そこに存在してました。あたしもあーあどうしよ……ってかんじだったけど、一番困惑してたのは海軍さん自身だったみたいでした。そりゃそうだ。今、二〇二〇年代なんだよ?海軍さんがほんとに生きてたら何歳だよ。海軍がなくなって今何年目?戦争の後、に、なくなった……んですよねえ。たぶん……。ん?戦争って何年に終わったっけ。ああ、一九四五年ですよね。いつも忘れるねえ。それじゃ、八〇年後になっちゃうよ。それもそうだし、そもそもなんで自分が今生きていて……生きていたのだろうか、あれは。あれは生きてたのかなぁ。まあ、生きてたってことにして、なんでまた生きてるんだろう、って話ですよ。あれ。……あれは……あれはやっぱりあたしの幻覚だったんだろうか……。ぜんぶ……。
     ……彼は顔を蒼く染め、というか吐き気を堪えてる感すらありながら「こんなことは初めてだ、経験が無かった」と言いました。そらそうだ、とあたしは思いました。こんなこと、彼ら依り代たちに何度もあったらそりゃ大変でしょ。本人も周りの人間も。面倒だよ。
     とりあえずあたしは会社に行くから、と言って、あたしは逃げるように我が家を去りました。夢か幻覚なら帰宅後にはちゃんと消えているでしょう。正直まあ、それに賭けましたよね。でも出勤してシュレッダーをしてても、入力業務をしてても、仕分けをしてても、頭から日本海軍さんのことが消えずに……いや、やばい女ですよね?わかってますって!日本海軍かその幻覚かわからないものにとりつかれている女なんて!!
     で、結果ですが帰宅後、その日本海軍さんはやはり家にいました。しかも電気をちゃんとつけて待ってました。昔の人なのに電気のつけ方、ちゃんとわかるんですね。へ?戦前にも電気はあった?いやそれはそうですけどスイッチの形とか……え?ほとんど一緒?そうだったんだあ……。しかもクーラーまでばっちりつけてて……え?軍艦にも船にもクーラーがあった?戦前ですよ?マジで?そっかあ……。もう驚いたら、負けですよね。海軍さんの存在以上にびっくりすることでもないですもんね。……実は戦前って、すごいんだなあ……。
     まあ、そのクーラーが二十四度に設定されていることに若干イラっとしながら、彼もごはんを食べるのか不安になったので、「ごはん食べる?」と聞いてみました。あと「あなたいつ帰れるの?」とも聞いてみました。海軍さんはキョドり気味で、後から聞いたら若い女にはじめてそんなタメ口を利かれたことが原因だったようですが、そんなの知りません。この家の家主はあたしです。彼は前者に配してはイエス、後者はわからん、との御回答をあたしに賜りました。
     さっき言ったように、「これだから女は……」とか言ってきそうな先入観すらあった軍隊である海軍さんは、一貫してこちらに謙虚というか、無関心というか、不干渉というか……でした。たぶん、追い出されるという心配もあったでしょう。この世が二〇二〇年代だということはすでに伝えてありました。今の海軍さんに権力が無いこともわかってたはずです。この家とこの世で権力があるのはむしろあたしのほうだということがわかってた。たぶん、いつもそういうことにいつも敏感に生きてたんじゃないかなあ。軍隊だもんね。でもこんな女に負けるとは、みたいなものもなかったです。ほんと、不干渉でした。うん、たぶん、怖かったんじゃないかと思います。ウケますよね。日本海軍は自身の権力のない世界に放られて、ただ、ぼうせんとしてたんじゃあないか。……そんなの、戦争に負けた時にとうに経験してたはずなのに。
     でも、呆然としていながらも、どこか穏やかにみえました。あれなんですかね、戦争中は人間とかバンバン殴ってたんですかね?テイコクシュギシャですもんね?でも、そういうそぶりがなかった。きっと権力がなくなったけど、義務とか使命感とか、やらなきゃいけないこともなくなったんでしょうね。あれが、自由ってやつだったのかなぁ……。いや、やっぱ呆けてただけなのかな?アイデンティティが、ぽっかり抜けちゃって。戦争ないし。することもなかった。……彼がここにいる意味がなかったんですから。
     海軍さんはあたしが作ったスパゲッティを無言で喫しておりました。あたしも無言で食べましたよ。なんか、空気が重かったです。お互いの緊張感が漂っていて……。スパゲッティのいちばんの調味料はピリッとした空気で……。とはいえ、海軍さんは昨日の晩から何も食べていなかったので、心なしか嬉しそうでした。尻尾あったら振ってたんじゃないかな。その日に限って冷蔵庫にまともなものがなくって。あたしが買って帰るまで。そこは申し訳なかったと思います。まあそんなのあたしの責任じゃないんだけど……。
     あたしは、毎日会社へ行き、シュレッダーをしてハガキの計算をなどをして帰宅して、まだ海軍さんが家にいると電気の明かりでわかると毎回げんなりしつつ、日々を過ごしました。一度、炭酸ジュースをあげたら、嬉しそうにラムネの話をされて……。ラムネジュースって海軍にもあるんですね。というか戦前にもあったんだあ、ってびっくりしました。……へ~!?ふねの中にもあった?知らなかった……。そんなことまであの人、言ってなかったけど……。「人間とよく飲んだ。こんなに甘くなかったし炭酸も強くなかったが……。この時代の飲み物はよくできているんだなあ」とかなんとか言って、普通~に飲んでましたね……。ほんとに普通でした。ごちそうさまでした、とてもおいしかったよ!ありがとね!のあたしへの社交辞令みすらあった。炭酸が強いならもっと驚くとかさ、あるだろ!飛び上がってびっくりするとかしてほしかったよ、見たかったなぁ……。過去からタイムトリップ?してきたんだからさ……お決まりのさ……サービスしてよ……とか思いました。あれ、そもそもタイムトリップだったのかな。むしろわくわくお彼岸イベント?

    *
     ……あ、そうそう、自分のふねの話を、出会った浜辺でしていたことを覚えてます。いろんな名前を言ってました。大事な宝物の話をしてるみたいに、ぽろぽろと、自分の持ってる宝石かお気に入りのどんぐりかビーチコーミングで拾った綺麗な貝殻の話をするみたいに一つ一つ呼んでました。あたしが唯一最初から知ってた戦艦大和の名前は一度も出てこなかったこと、なんでか憶えてます。
     彼のいとし子のふねの名前、ぜんぜんわかりませんでした。ウィキペディアで検索して見てたんですけど、まー軍艦っていっぱいいるんですねー、みたいな。白黒写真だとどれも一緒に見えて……それに、ぜんぶまるで遺影みたいだった。白黒で、画質もどれも荒くて……。ぜんぶもう亡くなってて……。名前も漢字二文字が多くて。山と川と土地の名前が多いの、ウケますよね。それ日本人の苗字と一緒じゃんって。日本人の名前に対する感性ってどれも一緒なのかなあ……。よくわかんないけど農耕民族?ってやつだもんね。それがふねに対しても一緒なんだと思うと面白かったです。魚とか貝の名前とかじゃないんだって。船って海の生き物なのに。あ、でも海軍さんにとっては、……海軍の人間にとっては、ふねも陸の生き物だったのかなぁ。俺たち仲間!っつー。まあ、そのだいたい二文字で、音が四文字だったり二文字だったり三文字だったりするそのふねの名前を、彼は熱心に熱心に呼んでました。陸奥とか高雄とか、赤城とか……。空母とか戦艦とか……駆逐艦とか……。その強さとか。粋なところとか。好きポイントとか。ベラベラ喋ってました。
     ある時、海軍さんにウィキペディアを読ませたほうが良いのかな、って悩んだんですけど、結局あたしは見せませんでした。インターネット世代じゃないし、いろんなものに耐性なさそうだし……。むしろはまっちゃって、スマホ買って、とかねだられても嫌だし。YouTubeとかずっと見てたらどうしよって。日本海軍が……。
     それに、自分と自分の好きなふねの最後のことをGoogleとかウィキペディアとかで知るのってどうなんだろ、って思っちゃって。隼鷹とか、さいご、解体されて、そのこと、あの人知ってたんだろうか、って。思っちゃって……。だって、インターネットであんな無神経で無頓着な言葉で語られて、ネガティブな言葉と一緒に検索すればいくらでも検索結果がネガティブになってって……。ネガティブに語られて……。嗤われて、罵られてて、変な賞賛のされ方とかされてて……。日本軍のサイキョーの戦艦、とか。ダサいですよね。あんな雑な言葉で、彼は、自分のいとし子を語ってなかった。それなりの、自分自身の考えを根拠にして、そこからちゃんと出発して話してた。他人の強さを笠に着たり、自分の属する集団を根拠にしてなくて……。それが良いことなのか、それこそが悪いことだったのかわかんないけど。これ、海軍さんをほめ過ぎなのかなあ。でも、やっぱ、インターネットの言葉なんかでね、知ったってね、って……。まあ、あたしもインターネットで知ったんだけどさ。それをまた優しく言い直して、無難に伝え直してあげればよかったんだろか。でも、どうやって?そもそもなんで、とも思う。そんなのあたしの義務じゃないし。
     ……海軍さんだってね、武蔵ってすぐ沈んじゃったよねーあははー馬ー鹿じゃないのーとかどっかで笑われてる、って知っても、確かに馬鹿だったよなあ、俺はほんとうに馬鹿だった、って一緒に笑うかもしんないよね。無邪気に。晴れ晴れと。悔いなきみたいに。彼ってそういうとこあったと思う。……長門の最期だってもしかしたら彼は、前は知ってたかもしれないけど、今は覚えてないようでした。だって戦艦長門を呼ぶその声に、陰りはなかったから。そこにネガティブさなんかなかった。…………それともぜんぶ知ってて、だからこそあえて明るい声で長門の名誉の話だけを語ってたんだろか。それが彼のできる、娘への唯一の愛情表現だったのかなぁ。
     海軍さん自身は気にならないのか、長門の最期とか隼鷹の行方とか、日本はどうなったとか、負けたあとの長い長い八〇年間が気にならないのかなって、最初は思ってましたけど、やっぱ、うん。怖かったんでしょう。あたしに聞いてきませんでした。だって聞いたら、今度は返ってきた答えを聞くことになっちゃうもんね。日本海軍のサイキョーの戦艦の、無残な最後とかを。
     彼は軍艦のいい思い出だけを喋ってて、だいたい海にふねがいっぱいあったこととか、軍艦がいっぱいあったカンカンシキのこととかの話で、ロシアとの戦争とか、時々イギリスとかドイツに行った時の話、あとうるわしきオメシカンの話だった。それに真珠湾の作戦を喋るくらいで、いっつも戦争の話は、だいたいはそれで終わってた。
    え?ああ……そうですよね、それってマジのマジでアメリカとの戦争のはじめの話ですよね。あと中国とかないですよね。たぶん、自分が好きな勝ち戦の話しかしたくなかったんだなあって……いやそりゃそうだけど……それが男ってもんなんですかね?それが軍隊?
     だから駄目なんだろお前、ちゃんと反省点も述べろよ、って社会人経験数年の女のあたしが思っちゃったんですけど、それウケるんですけど、超ウケるんですけど、でも……なんだろ……。かれがかれのうつくしい思い出を語るときの、あのうつくしい横顔が、いっとううつくしくて、今もどうしても、そのうつくしさが忘れらんない。…………ああ、危ういですか。ですよねえ。これがグンジコッカのタイセイってやつですか。グンコク主義ですか、ですかねえ。だって、あの人、炭鉱のキョウセイレンコウの話をするときもおなじ顔、しますもんね。

    *
     海軍さんは基本的に遠出をすることもなく、近所をうろうろするか、だいたいは家でぼんやりしてたみたいです。知らないけど。あたしが知ってる限りはそうだった。
     ぶっちゃけあたしのいない時に赤の他人に家を任せるの、不安感ありありだったけど。まあ、そういうのホントぜんぶ諦めてました。拾っちゃったのはあたしなんで……。
     あたしは海軍さんを家に迎えて、なんというか、今までの人生になかったものが自分のなかにできた気がしました。……いやそりゃ当たり前なんだけどね?あたしよりちょっと下に見える、あたしより何十歳も上の、今は生きてるのか死んでるのかもわかんない人間じゃない人間なんて。近くにいたら驚きでしょ。それが毎日家で待ってるんだよ?何なんだよ……。あたしが一体何したんだよって。
     あたしは家を出て、毎日横浜経由で東京まで仕事に行くんですけど、ある日早上がりしたその帰りに紀伊國屋に寄ったんです。ファッション誌が欲しかったし、あともしかしたら上手く軍象さんを返す方法がわかる本もあるかもしれなかったし……。帰すってどこへ?ってかんじだけど。天国?地獄?成仏か?
     一階で雑誌を買って、とりあえず二階に行ってみたけど、結局返し方とかそういう以前に依り代の本が無かった。まあそうかーと思ってぼんやり棚を見つめてたんですけど、ふと日本軍の本を見つけました。細長いサイズ……新書?それ、それが安かったんで。それを買ったんです。白と濃い緑色の。かっこいいかんじのやつ。頭良さそうな本でした。
     買ったの、特に理由はありませんでした。うーん、なんていうか……彼の話してることってどこまで信用していいか、わかんなかったんですよね。まあ戦争の話自体はそれでいいんですけど、もしかして、この今に今いることや、その理由が実は分かってたり、何か隠しごとをしてたり、……目的があったり……そういうのがあっても、おかしくはないんじゃないか……という疑いがあって。
     結局そんなことは一切なかったみたいで、彼はただただ困惑してただけだったみたいなんですけど。戦争の本や海軍さんの本を読めば何かわかるんじゃないか、ヒントがあるんじゃないか、と思って。…………その本を帰りの電車で読んでたんだけど、知らない単語と難しい漢字が多すぎちゃって、わかるの、ぜんぶ諦めちゃった。
     なんだっけ。動けなくなっちゃって自殺しちゃった兵隊さんとか、動けなくなったって仲間に殺されちゃった兵隊さんとか。安楽死……処置だっけ?生きたまま捕まるなとか、……人の肉とか……食べ、て、たり、うーん、……中国の人を刺してたりとか、やっぱ彼あんま喋ってない、喋らないんですよね。まあ喋られてもおう……ってなるんだけどさ。……いや、あれは陸軍の話なんだけどね。
     でもたぶん、彼も似たような立場ではあったはずで。だから、彼、あたしがちゃんと聞けば、もしかしたら話したかもしんない。さらっとね。当たり前っぽく。初めて会った砂浜の時みたいに。……むしろ、聞いてあげればよかったのかなぁ?あたしはちゃんと聞いてあげるべきだった?彼の……彼の、彼だけの話を……彼の……。……どう、なんだろう。どうだったんだろう。うん。うん……。はあ…………。
     ……いや、……やっぱ嫌な出会いだったよなあ、ホント……。マリアナがどうーとかエンガノがーとかなんとか身振り手振りで必死に言ってて……。軍事的失敗をあたしに細かく語ってて。顔も知らないあたしに意味不明な弁解じみたこと言ってて。俺も奮闘したんだよーとか。なのに上手くいかなかったそんときの悔しさとか。自分の後悔とか。失敗とか。戦艦比叡がって。比叡が沈んじゃったけどーとか。あいつのオメシカン姿は最高だったーって。美しかった、って。麗しかったって。素晴らしかった。とても素晴らしかった。素晴らしかったのに、って呟いて。頷いて、黙って。そして鮮やかに。魚の骨を箸で抜くみたいに、さっと。綺麗に。炭鉱が大変だったけど、って……。
     ……あの笑顔のうちに、なにかいろんなものを抱えてたのかなあ……。
     と、か、ぼんやりと考えて、鎌倉駅に降りてとぼとぼ帰宅しました。なんか、どんな顔して彼に会えばいいか分かんなかった。正直、わからないなりにショックなのはありました。寒かった。手が冷たかった。何十年も前にあったことなのにね。あたしが生まれる前からあったことなのに。なにか多くのものを抱えた得体のしれない存在と住む家に帰る、って……。それはどういうことなんだ、って。ぐるぐる考えてた。部屋が二十五度か二十六度だったら有難いって、もういっそクーラーなんかいらないかもって、今はいらないやって正直に思った。冷たい汗をじっとりかいてた。
     帰宅したらぼんやりとした笑顔で海軍さんが迎えてくれました。「とても暇だった。だからカレーを作ったんだ。今の道具と材料は特殊でよく理解できなかったが……口に合えばいいんだが」とか言ってて。カレー作ってくれてて。笑顔で。空調はやっぱ二十四度で。扇風機も出してて。勝手に。押入れから。それに海軍さんが作ったマジもんの海軍カレーじゃん。遺産かよって。超ウケたんですけど。ただのヒモみたいだなって正直思った。

    *
     うろうろする近所といえば、海軍さんだからなのか、あたしが仕事をしている日中、例の海岸に行くことが時々あったみたいでした。海見てた。なんかいっつも鎌倉の海を見てたみたいで……。海軍って言ったら横須賀だし、船といったら横浜なので、なんでか申し訳なくなっちゃったんですよね。鎌倉の海ってサーファーとかばっかだもんね。
     で、お盆に連休が取れないあたしは、そのすこし前に休みが連日取れたので、暇だったので、海軍さんに横須賀に行かないか、と誘ってみました。たいした他意はなくて、まあ、この第二の人生?がこんな感じでそのままマンネリで終わったらカワイソだな、という気持ちからで、ほんと他意はないです。ふねがいっぱいいるから、横須賀に見に行かないか、とあたしは誘いました。
     海軍さんは横浜に行きたい、と言いました。
    「横浜?横須賀じゃなくてですか。軍艦いっぱいいますよ、たぶん」
    「だからだよ。他人の艦隊を見ると苦しくなるから。もう俺が持っていないものだ」
    「ふーん」
     そうお、じゃあなら、いいけどお……。という話になって、あたしたちは横浜に行きました。……それも怖かった、んですよね。それを理解してあげられなかった。ま、そんなのあたしの責任じゃないんだけども。義務でもないし。なりません、なりませんよ、海軍と共犯になんかなりません。彼の孤独は彼だけのものです。あたしはそんなの担いません。
     横浜に行ったは良かったんですけど、結局、海はそんなに見ませんでした。というか、たいしたところには行かなかったです。神奈川県立歴史博物館とか行ったら、ぜったい面白かったんじゃないかな、って思ったんだけど。海軍さん、行きたがらなかったんで。怖かったのかな。それも。そりゃあ横浜の変わりようにはある程度驚いていたし、でもそれを言うなら鎌倉もいっしょですもんね。なんならホテルニューグランドがまだあそこにあることのほうがびっくりだったみたいでした。かわんねーじゃん!って。だからこう……ごはんを食べたくらいで。ごはんを。横浜で。横浜のジョナサンで。海軍さんと。なんだ。デートか。それ。危ういだろ。海軍さん、配膳してくれるネコのロボットに完全に失笑してましたよ。だから驚いてくれってば!未来の技術というものに!ただ、セルフレジとタッチパネルの注文には感心してました。人間の配置にはいつも悩まされるんだ、こんな感じに戦艦を動かしたい、機関室の奴らには楽をさせてやりたい、とか言ってて……。まあそんな感じでしたね……。なんで?もっと船と海を見て狂喜するとかそんなのないんか、と思っちゃいました。なんであたしが横浜に誘ったと思ってるんだ。ジョナサンに来るためじゃないんですけど。ネコじゃないよ。船だよ。船いっぱいいるし。ごらんよ海軍、これが船だよ、みたいな。君のなくしたふねなんだよ……とか思ってましたけど、まあ海軍のふねって灰色で、それこそやっぱり見るなら横須賀ですよね。横浜は、遊覧船とか、あの、軍に関係ない可愛めの船ばかりで……。
     え?戦争になるとチョウヨウされるかも?チョウヨウってなんですか?へえ……ああ……軍隊が持ってっちゃうんだ。徴傭っていうのか。えー沈んじゃうの?それって借りパクじゃん?あーやっぱそうなんだ……でも、ちっちゃい船ばっかですよ?観光客しか乗れませんよ。あんなの。兵器載らないでしょ。それでも?昔はされてた。はあ……やっぱり戦争って怖いんですねえ……。
     あ、だけど氷川丸の話には、妙に食いついてました。うっそ!?氷川丸ゥ!?みたいな……。アイツってまだ生きてんの!?ってびっくりして笑ってました。横浜にあるデッカイ船ですよね。今はどこにも行かないやつ。客船?カキャクセン?なんで興味あったのかは知らないけど。横浜ではでっかい船のほうだからかなぁ……。あれって乗れるんですよ行きますか、って聞いたんですけど、毛を毟られるだろうから嫌とかなんとか言って断られました。え?海軍が戦争で徴傭してた?病院船?そーお。顔見知りってこと?じゃあ仲が悪かったのかなあ……。海軍さんにパクられそうになって。誘拐?
     大さん橋には飛鳥Ⅱがとまってて、飛鳥Ⅱの名前を聞いて海軍さんはめちゃくちゃ笑ってました。丸シップの伝統潰えたり、みたいなことを言ってゲラゲラ笑ってた気がします。え?海軍が言うと不謹慎?いやあの人、いっつも不謹慎でしたよ。それはちゃんと知ってます。ただ家主のあたしにはあまり不謹慎ジョークを言わないように気をつけていただけで……。
     Ⅱであり、丸がつかないことがやっぱり面白かったみたいですね。船名めちゃくちゃや、みたいな。海上自衛隊の艦たちの名前が、日本海軍から引き継がれてること言ったら喜ぶのかなあ、とか一瞬考えましたけど、たぶんそれがぜんぶひらがなだってこと知ったらへこむんだろなって。ひらがなって何だか妙に可愛いじゃん、ってなるよね。まや、とか。女の子の名前か。だからやめました。
     海軍さんはしげしげと飛鳥Ⅱを見つめてました。よく話を聞いてみたら、飛鳥Ⅱを持ってる会社は、海軍さんが生きてた時代にもあったみたいなんですね。よく知らないけど長寿ですよねぇ。船の赤い二本の線は、その会社のファンネルマークって言うんだ、と教えてくれました。あれ、氷川丸にもありますよね。……ああ、やっぱおなじ会社なんだ。へえ。ニッポンユウセン。だからかあ……。
     今の貨客船は変な形だ、とか、ユーセンがあんな奇抜な船を造る時代なのか、とかあれにどうやって貨物を載せるんだろう、とか一人唸ってましたね。あと「いざという時、あれじゃ困るな……」とかなんとか深刻に悩んでるみたいでした。なんでだろ……いざという時って何、いつのこと?
     ……え?あ、徴傭?あー!ああ……。なるほどね。海軍さん、たぶんそれ考えてたんだ。あの船、他人の物なのに。はあ、他人の物だからこそ徴傭なのか。しれっと人様からパクるってわけね。ヤラシー。……絹とか手紙とか石炭とか、でりっく?が、とか何とかって熱心に言ってましたけど、今はたぶん載せないですよね。石炭なんて……。昔は載せてた?カモツセン?カキャクセンのカ?ああ、貨物の貨、に、客船なのか……。貨、客船か。だから今はただの客船なんですね。ふうん、教えてあげたかったなぁ……。あの人、ふねには異常に熱心なんだなって、目の前にして知りました。ほぼ船のオタクだったもんね。あれ人の物なのに……。
     あたしたちは遠目に見える第二飛鳥丸の話をしつつ、横浜の日はどんどん傾いていきました。横浜の海はたくさんの小船がちらちら行き来してて可愛い。海軍さんがあの船は良いあの船はだめって言ってたけど、あれかっこいいとか可愛いとか好き嫌いとかじゃなくて、徴傭できるかどうかの判定だったんだね。知らなかった。あたしも無邪気にあれはどうですか、あれとかいいんじゃないんっすかぁ、あなたおっきい船好きでしょ、とか聞いちゃってたな。ただの船の好みだと思って……。いや、ある意味アレも好みなんだろうけど。俺おっきい船好きだよ!ってその時海軍さんも言ってたし。
     きりのいいところでさーて帰るかーなどとぼやいて……いや日帰りです。泊まってどうするんですか。横浜と鎌倉なんですよ?すぐ帰れるのに二部屋も取るわけないじゃないですか。お金、ぜんぶあたし持ちですから……。
     で、……まあ、……飛鳥Ⅱが、ちょうど出航するみたいでした。わーわーいう声が遠くからでも聞こえてきました。見送りと見送られです。そして船が海をゆくんです。
    「あ、船行っちゃいますね。どこ行くんだろ。いいなあ~。あたしも船で外国の海に行ってみたいな」
    「……」
     黙ってた海軍さんをちらっと横見すると、彼は何かを堪えるように、そして食い入るように飛鳥Ⅱの姿を見つめてました。飛鳥Ⅱはゆっくりゆっくりと大さん橋を離れて、じわじわと出航していきました。楽しそうに見送られて、海に出て行った。それを呆けたように見つめる海軍さんが……なんといえばいいんだろう……そう、哀れで。哀れだ。哀れだって、思って、しまった。あたしは無性に悲しかった。彼の孤独は彼だけのものなのに。彼……きっと、さいごには港から送り出すふねも持ってなかったんでしょうねえ。……ああ燃料もなかったのか。機雷、で、港も使えない?ああ……海に出してやれないし、出れなかったんだ。そうか。そうですねえ。……そう、だったんだ。
     …………横浜に部屋を取る気はなかったんですけど、飛鳥Ⅱになら、とってもいいような気がしました。して、しまった。……しまいました。なんか、船に乗れば、船があれば、この世にもあの世にも居場所がない人の居場所がちゃんと確保できるんじゃないかって、思ってしまって。そこになら、船の上なら確保できるんじゃないか。ふねのうえではそれがゆるされている。その無力がゆるされている。ふねはそういう場所として、いつもいつもあったはずなんです。
     なんでまたこの世にいるのかわからず、呆然と船もない鎌倉の海を眺めて、昔も今も出航するすべを持たないで、その意味もなくて、生きてる理由が無くて、それを知る方法がなくて、それ以前に明らかに意味なんてなくて偶然で、もしかしたらあたしの幻覚上にしか居ないかもしれない、居れないのかもしれなくて……。
     ああ……なんというか、うん、彼と共犯にならない、ならないけど、けど、行き場をなくした過去として、彼を、日本海軍を、どこかへ航海させてやることはできる……。あたしにはそれができる、って。思って、……しまったんですよね。それが飛鳥Ⅱの乗船チケットでも何か別のことをすることでも。
     過去の人なんだから、なにかその過去を記録して書き留めてあげるのがほんとはよかったんですかね?彼が確かにそこにいたってことを。海にいたという事実を。たとえば文章が書けたら本を残すとか、小説を書くとか、調べてまとめるとか……。その歴史が、ふねをなくしたことなのか、あの運命の真珠湾なのか、彼が決して語らなかった笑顔の外のことなのか、つまり不名誉な、それ以外の戦争なのか。飢えて死んじゃったとか。南の国に船で運ばれている途中、戦う前にただ一方的に魚雷で沈められちゃったとか。虫歯が直せなくて痛かったーとか。よくわかんないけど。……書いてあげる。もう一回再現してあげる。無神経で無頓着じゃない言葉で。それもある意味、航海でもあるんじゃないかなぁ……って。思った。思っちゃった。海で、往き場をなくして、陸に上がってそんまま終わっちゃった彼をもう一度航海させること。過去というものを現在に航海させること。今という海に、解き放ってあげることですよね。生きものとして。ずっと止まったままなところから……。だって船って、昔のふねって、みんなの話や言葉や映画や思い出のなかで、何度も沈んでますよね。好きに沈められちゃってて……。なんだっけ、あれ。ディカプリオ。ああそれ、映画のタイタニックとか毎回沈むじゃん、って。綺麗に沈むじゃん。みんなふねが沈む話大好きじゃんねーって。なんでしょうねあれ。ほんと。……なんとなく、そう思った。だから、だから海軍さんの軍艦が沈んで、それはほんとつらくて、あと海戦に勝って嬉しくなったり、ロシアと戦争して、長門がいて、いっぱいふねを浮かべて、なんか……そういう話をくり返し話すことで、うん。何かができる。映画みたいに、何かがもう一度再現できる。タイタニックのごはんの場面とかめっちゃ綺麗ですよね。あたしはタイタニックに乗ってなかったけど、それが綺麗だったことを知っている。あとから作った映画があったから。……綺麗、……綺麗だった。沈む時もねえ……。綺麗。……うん。うん……。綺麗、だったことを知っている。何かを書き残せば、例えば魚雷のせいで沈んだ船から放り出されて海に置いてかれちゃった、その十時間を記録すれば、映画とかにすれば、みんなはその十時間を知ることができる。十時間ずっと悲しかったことや苦しかったことが……。……海の中で爆弾や爆薬が爆発しちゃって内臓が破れちゃって、苦しいっていいながら死んじゃった人たち……。
     ……うん、彼がほんとに日本海軍というものだったとしたら、これはとてもまずい感情だということはわかってました。だって日本海軍が好きな女とかやばいですよね!?マジ、字面が……。いや、実際いるのかもしれないけれど、レキジョ?とかオタクとか、なんとか、どこかになら……。いや、そもそもそういう意味じゃなくて、オタクとかじゃなくて、……軍艦マニアとかじゃなくて、あたしが彼の栄光と悲しみの顔がうつくしいというのなら、あたしは彼の炭鉱の話もいっしょに引き受けなきゃなんない、ですよね。話さなかった真珠湾以外の戦争の話も……。海軍がもう一度自由に航海することは、どういうことか、って……ことを。航海したら最後、きっと彼、そこでまた虫歯になるんだ。そこで戦争になっちゃって。アメリカとか南の国の人とか日本人とか、チョーセン……韓国?な、んですか……ね?……の人とか、そこにいた人たちもそこでぜんぶ死んじゃって。ああ……。……ですよね、……そうですよね。そうなんですよ、ああ、これがセンセのいう歴史、ですか、歴史の話、ですか。歴史を自分のこととして引き受けること。ああ、そうですね。……難しいですよねえ。そうか、すみません、授業をぜんぜん聞いてなくて。うるさい生徒でしたよね。騒いでて。あるいは携帯ばっかり弄って。そっぽ向いてて。歴史から。
     しょげきっている海軍さんを無言で引っ張って家に帰りました。その夜は無性に虚しくなって、正直その後の数日は憂鬱でした。彼と顔を合わせんのも。あたしはどうすればいいのかわかんないし、海軍さんもどうすればいいのかわかんないみたいだった。気を利かせて横浜に行ってみたりしたのに。あたしはむかついたし。申し訳なかったし。互いに無力だってわかった。世界ぜんぶに対してです。で、連休はそれで終わりました。かつてないほど虚しい連休だった。

    *
     その夜、夢、見て。……うん。虫歯になる夢……。処置される世界の夢。あたしが戦争に行ってた夢。なんで女なのにここにいるんだろとかそういうの無くて。疑問とかない。夢なので。夢特権だよね。ぜんぶ夢です。
     兵隊さんがいっぱいいて、あたしもその一人で、兵隊で、あたしは飯盒を磨く係だった。みんなの飯盒を磨いてあげるの。綺麗に。ピカピカに。うん、ないよね、実際の海軍に飯盒を磨く係なんて。つか飯盒って陸軍だった気がするけど。読んだ本では。……うん、だよね?綺麗に磨けるとめっちゃ嬉しくて。だって白いご飯が。ちゃんと炊けるので。食べれるじゃん。でもそこにお米がなくて、貝殻を飯盒に入れてた。桜貝とか法螺貝とか、宝貝、カズラガイとか……。
     みんなで必死に貝殻集めてたなあ。なんか、たしか貝とお米が交換してもらえる制度がそこにあった気がするんですよ。誰もそんなこと言ってなかったけど、夢って、夢世界の掟やルールがわかるじゃん。説明されなくても。体感的に。感覚的に……。
     しゃがんで集めてたら、誰かに飯盒を蹴られました。それって飯盒ピカピカ係のあたしへの宣戦布告ですよね?貝も全部ひっくり返っちゃった。あのね、ひっくり返った貝はお米に換金できないんですよ。汚れちゃうし。集め直しなんです。欠けたら価値がなくなるんですよ。綺麗な法螺貝は単価が高いから人気で。法螺貝いっぱい取れたのにーって。どうしてくれんのよ、って。蹴った靴を見て、足の主を見上げたら海軍さんでした。
     すごいむかつくニヤけ顔で海軍さんが、上から偉そうに話しかけてくるわけですよ。そこの下衆な人間……みたいな。でもあたしも違和感なく聞いてて。ハイ、ハイ、申し訳ございませんみたいな。飯盒蹴られてすみませんみたいな。邪魔でしたよね、って。現実だったらまず殴って追い出してたよね。家主はあたしなんだからさ。てめーあたしの貝に何した?ってなるよね。これあたしのご飯代なんだけど。あんたのご飯でもあるんだぞ、みたいな。……夢だからそうはなんなかったけど。
    「貝を集めろ。貝殻を集めると貴様も徳が積める。竜宮城へ行けるんだ」
     とか言われて。いや、今集めてたから。お前が蹴ったんじゃん……あたしを急かすなよな、と思うこともなく、徳を積もうともう一度貝を拾い始めたくなりました。竜宮城にもいけるらしいし。竜宮城て何?あとなんでかあたしは夢の中で、彼を尊敬してました。蹴られたけど、海軍さんと話せて嬉しかったような……気がする。
    「海軍さんは白米主義者ですからね、すばらしいです」
     って褒めたのを思えてます。今はもう何がなんだかわからない。白米主義って何……?あたしは彼の完璧な白米主義を褒めたんですけど、そのまま海軍さんに二、三度殴られました。「俺に馴れ馴れしくするな一兵!」って。……あんな感じに、戦争中は人間殴ってたのかなあ……いや知らんけど。あれ夢だし。ただのあたしの夢。あたしは彼の白米主義を褒めただけなのに、殴られたんですよ。許せないですよね。でも、やっぱりそれを理不尽だとは思いませんでしたね。夢だからかな。
     てか、今思えばあたしって、夢の中でも貝殻を集めてたよね……。ビーチコーミング。徳が積めるってなんだ。賽の河原か。徳とか利益とか意味とか考えるのはビーチコーミング友の会の会員失格ですよ。ほんと……。まあ実際あたしたちは利益というか、お米が欲しくて貝殻を集めてたんですけどね。……徳が積みたいんじゃないよ、あたしたちはご飯が食べたいだけだ、お腹が空いてて食べるために必死なだけだって思った。龍宮城なんて行きたくないよって。それを覚えてます。
     浜辺の砂は白く細かくて、あ、これ骨でできてる……ってわかりました。白骨……の道?なんだっけ、……あー白骨街道か。本にでできたので夢にも出てきたんだと思う。海は赤くて、血でできてて、太陽は黒かった。いやホラーじゃんて。いま説明すると思うけど、夢の中ではぜんぜん怖くなかったなあ。まあ夢なのでぜんぶぼんやりしてるしね。
     あたしは海軍さんに怒られたり怒鳴られたり殴られたり蹴られたりしながら、頑張って貝を集めてて。「気合いが足りない」とか「甘えてる」とか海軍さんは怒ってた。見たこともない顔してた。こ、怖ー!って感じの。……出会った当初に軍艦の話を振られてあたしは興味なくて、海軍さんは拗ねちゃって。ぶつぶつ文句を言われたことがあったけど、その時にあたしがチクチクうに太郎とか呼んだ時すらそんな顔しなかったじゃんて。
     あたしはせこせこ貝を拾って、貝って脆いんだな、刺せば死ぬもんな、弾で撃てば一撃だもんな、集めるのなんて戦艦があれば余裕だよなーって思ってた。あたしたちにはふねがいっぱいあるしって。海軍さんもいるし。ぜんぶ集めてやるって。今から思えば意味不明だけど。そうやってあたしは貝を集めて、貝を集めたことで、ご飯食べれてた。ご飯は貝を集めてゲットできる。最初は貝がどれも綺麗で、素敵で、可愛くて大切だったのに、最後のほうは貝なんてどうでもよくなっちゃってたね。大きくても小さくてもどれも一緒。みんなおなじ、意味のない貝だ、って。貝どもは集められることしか価値がない、むかつくぜ、みたいなむかつきすらあった。いろんな貝の見過ぎ?貝のこと考えすぎだったのかなあ。集めすぎて。あたしのご飯に変えられれればなんでもいいやって。むしろ小さくて脆くて助かった。集めやすいし、軽いし扱いやすいし。貝がいっぱい集まって、貝の数に余裕ができたら、いらない貝は潰して捨ててた。邪魔だったし。必要ないので。小さくて汚い貝はいらない。それが戦場だもんね、仕方ないよね、じゃなきゃあたしが貝になっちゃうもんねって。捕まって、集められて。誰かのご飯に変えられちゃうって。まじ意味不明な夢だった。なんだそれ。なんだったんだあの夢……。
     貝を潰してる海軍さんが笑ってる。嬉しそうに笑ってる。あたしも貝を潰して嬉しそうに笑ってる……。みんなで笑ってる。なんでかわかんないけど。嬉しかったし楽しかった。みんな仲間だった。よかったよね。白いご飯が食べれたからかなあ。……もしかしたら貝のおかげで炭鉱が栄えてたのかもーって思ったの覚えてます。……夢で。あと比叡のオメシカンが綺麗だった。でも戦艦比叡じゃなくて、軍艦巻きが比叡って名前だった。夢だから笑わずにすみました。あれがいわゆる海軍さんの白米主義だったんかな。ウケるんですけど。なんか足元は水に、海と波に満ちてて、……だんだん水が上がってくるんだけど。ぜんぜん気にならなくて。みんなで笑ってたので。海水はとても赤くて。寄せて引いて。……靴が赤く濡れて。
     波が迫ってきて、貝が拾えなくてちょっと焦ってきてた。あー桜貝がある!と思って拾おうとしたら人の爪だった。それでも楽しくて笑ってた。海軍さんが「ここには海があるから大丈夫だよなあー」って言ってて、それも夢の中じゃなんか面白かったよね。なぜか。あたしは「じゃあ四方八方に貝がありますねえ」って答えた。…………あたしたちはそこではちゃんと、共犯だった気がする。
     竜宮城は目の前だった。行きたくないなって思ったけど。……でもみんな先にいっちゃったからなーって思ってた。みんな待ってるって。……だからあたしも行かなきゃ、って。
     そこで起きちゃった。……片腕空中に上げててびっくりしたよね。顔もちょっと笑ってたし。
     あたしって実は夢日記をつけてるんだけど……いやせんせえ、虚しそうに笑わないでよ!つけてますよ、夢日記を。……寂しい女なんで、ほんと。寂しい趣味ですよ。ひとりですよ。一人の趣味好きなんですよ。友達と予定あわせなくていいし。ビーチコーミングと一緒で集めてるんですよ。夢を。寂しい趣味を許してくださいよ。……その夢日記に、あたしは、ただ一言、……地獄にいたって、書いといた。なんか、そんな気がした。……起きて、あのニヤけ顔が頭から離れなくてむかついたから海軍さんに軽くグーパンしちゃった。海軍さんはへあ?みたいな間抜けな顔してたからスッキリしました。それで夢の中の顔はだいぶ消えた。ということにした。…………彼は朝の日課で、いつも通り勝手に紅茶飲んでて。……結局彼が一番喜んでた現代の利器ってティーバッグだった気がする。コップをかき混ぜながら「どうしたんだ、やつれているぞ」なんてのんきに聞かれて。彼を殴って「アホ」とあたしは答えました。「アホアホアーホ。お前はアホ」
    「阿呆とは何だ、貴様。失礼だぞ」海軍さんが気色立って言いました。
    「ティーバッグ、来週まで買えませんから節約してくださいね」とあたしは釘を刺しました。
    「あと三つしかないが」
    「節約しなさい」
     海軍さんは心なしかしょげてました。まあ、あちらからすればどうしたんだ?って聞いただけなのに、殴られてアホ呼ばわりですからね。申し訳なかったな……。悪いのはぜんぶ夢なんだけど。あたしじゃありません。
     現実って貝を集めてもご飯にならないんですよねぇ。ティーバッグとかにも。でもそれっていいことだと思った。でもほんとうはどうだろ。あー、なんだったんだろうなあの夢。ほんと……。やな夢だった。

    *
     次に来たのは盆の季節でした。
     海軍さんは二〇二〇年代の夏が苦手のようで、相変わらずエアコンの設定温度を二十四度に死守してました。
    「あのですね、あと一度上げましょうよ」とあたしは言ったんです。電気代安くなりますからね。何度かそのこと説明したんですけど、そのたびに「ああ、そうか、血の一滴、ってやつか……」とか「この時代の機械には疎いが、この一度で何かが違う」とか言いながら、毎回毎回華麗にスルーしてました。あたしも毎回それをスルーして一度上げて、下げて、上げて、下げて。この動作のせいで余計に電気代がかかってるってわかったので、根気強く説得してから上げることにしてました。十回中九回は拒否されました。
    「この世界は暑くないか」と海軍さんは言いました。いつも通りの事実上の交渉拒否にあたります。十分の九です。交渉決裂です。もうこれ軍港を奇襲するしかないっすわ。これ真珠湾ですよね。自分ごととしての歴史。だってこれあたしが払う電気代なんだけど?まあ、そりゃ暑いんですけど。……今の夏はやっぱり暑い。
    「やっぱ今の夏って昔より暑いですか」
    「暑い。考えられん。どこも機関室みたいだ」
    「はあ……。あのう、……負けた時も、暑かったですか」
    「ああ。暑かったよ。たぶん」
    「たぶん」
     あたしは元気もなく繰り返しました。海軍さんはぼんやりと言いました。
    「暑かったのは憶えているが、どこにいたのか思い出せん。つまりそれがいつだったかもわからない。…………あれは、八月十五日だったのかなあ……」
     その声には空虚なあわい絶望があって、虚無感すごくて、あたしはやっぱり、ぜったいに彼とはわかりあえないんだ、と思いました。あたし、学校の勉強も、歴史の授業なんてのも興味がぜんぜんなかったんですよね。だから彼とおなじ言葉で話せないんだ、って……。場所と属性の違うひとと、ひとしての交わりが、できなかった。彼と。おなじ国にいるのに、おなじ歴史を一緒に持っていないから。太平洋戦争、中国との戦争、軍艦がいっぱいあったこと、真珠湾とか、テッタイ作戦が上手くいったことの喜びとか、仲間がいっぱい溺れちゃったこととか、比叡とか、博覧会とか、キョクジツキが鮮やかだったこととか。陛下にお声をかけてもらったとか。だから喧嘩すらできなかったんです。戦争反対とか兵器を造るなとかひとの国侵略するなとか、炭鉱のこととかレンコウとか、何も言ってあげらんなかった。戦争もその反対の理由もぜんぜん詳しくなかったから。そういう言葉にあたしは根拠を持たなかったから。……あたしの言葉じゃなかったから。きっと彼も笑って聞かなかったでしょう。……れきし、って、一体、なんなんでしょうねえ……。
     彼のいう八月十五日って、ふつうに終戦の日なんでしょうけれど。その海軍さんの言い方や普段の話ぶりを聞くに、真珠湾の十二月……そう、八日?ほどはっきりしてなくて、そうなんですよ、彼、十二月に大切な子どもたちを真珠湾に見送った話ばっかりするのに、戦争に負けた日ばかりはなぜかぼんやりしてて。……なんでしょうね。あれ。俺っちは負けてなんてないっち、という意志の表明だったのかな?……それにしては、心の底から悩んでいるみたいでした。……あー。へえー。そっか。べつにぴったり戦争が終わったわけじゃないもんね。樺太?へええ……。……それに皆が日本に帰ってくるのか。そりゃそうか。…………なんだか、本当に不思議になりました。
     あたしたちは八月の十五日に戦争が終わった、ということを知っていて、あるいはそう言っているんですけれど。彼はそう思ってないか、あるいはそもそもそれを知らなくて。ただ暑かったよねーたぶん、って言ってて。あたしたちの今もいつか、こうやって雑にまとめられちゃうんですかねえ?
     彼は過去に居て、過去の存在として現代人から認識されていて、あるいはされていなくて……。
     なんか……なん、か、……。あれなんです、もしあたしが、あたしがです、あたしが。海軍さんじゃなくて、あたしが海軍さんの時代に行ってたらどうなってたんでしょうかね。って。思ったことが、何度か……。あっ、た。
     だってこの状況、というか二日前に終わったあの状況、ぜんぶおかしいですよね!?なんだ、日本海軍を拾ったって。そんなもんそこらへんに落ちてるか、普通……って。拾った、ってなんだよ……。栗じゃないんだから。だからもっとおかしいことが起きてもおかしくないねって。思ったことが、あった。あたしがあの時代に落ちてるってか、あたしが海軍さんに拾われるのか。でも、やべーなって。それ、やばそうですよね。
     そもそもあたしが海軍さんより優位に立ってたのは、ここが現代の日本で、海軍さんになんの権力もなかったからなんですよ。そこが戦争中の日本で、海軍さんに権力があったらどうすんだろ、どうなってたんだろ、って……思った。思ってた。
     あれなんですかね、クーラーの権利とかあたしにないし。まあクーラー代もあっち持ちなんだろうけど。「これだから女は」とか言われちゃうんだろうか。あたしはたまたまティーバッグを買って持ってて。ぜんぶ奪われちゃうんだろうか。って……。
     もしかして……あたしも……軍艦にされちゃう……?の、かなあ……なんであたしが航空母艦に?……とか考えて。で、よくよく考えたら彼の軍艦はべつに人間が姿を変えられて造られてるわけじゃないしね!?って。まあ、そういう、危うい感じの関係の上にあたしたちは立っていたわけですよ。たまたまあたしが家主だっただけで。
    あたしはチクチクうに太郎さんが八八艦隊をフルコンプしたかった~とかミッドウェーのヒヤリハットとかを一人で語ってる中で、ま~それを綺麗に無視し続けました。こいつはただの感情の尖ったうに野郎だ、って……。うにが何か喋ってるなって。思って。思い込むことに決めてて。
     今から思えば、やっぱりあたしはそういうのの悔しさを共感しちゃいけなかったし、共感しないように頑張ったことに自分を褒めてやりたいっすね。だって、一緒に感動したら、負けですよね、そんなの。そんなの、それこそあたしが戦争中にタイムトリップしてるのと一緒じゃないですか。
     海軍さんのあのうつくしさは一瞬だったんですよ。だからまあしかたないんですよそれは。でも、一緒に肩組んで感情移入までしたら終わりでしょ。戦艦土佐のくす玉が割れなかったって、それがすこしだけ悲しかったって、海軍さんが呟いて、そして黙って。ふねはあんなふうに生まれて、そして沈んではならない、って言いきって。でも、だから……だから、だから一体なんなんですかね?あたしたちはそんな悲しみに共鳴しないで、ちゃんと割れるくす玉を作らなきゃなんないんすよ。それが歴史の学びってやつでしょ。たぶん。知らないけど。……あたしたちはこれからも、くす玉を割り続けなきゃならない?……海軍さんとは違って生きている、から?海軍さんって、もう、死んでた、死んでいるんですよね……。あれ……。過去の存在で……二〇二〇年代のものではない。ああ……そう、そうなんですよ……そう…………。
     ……ねえ、日本海軍さん。あたしにはできる。あたしにはあなたの正義を否定してあげることができる。でも、あなたが頑張って守りたかったものがなんなのか、を一緒に考えてあげることもできる。あなたのなにが正しくて、なにが過ちだったのか、ということをたぶん理解してあげられる。理解しようとしてあげられる。あなたが八十年前に誰からもされなかったし、してもられなかった……距離感、というもの、を、あたし、は、保つことができる。できる。できる。できる。できる……。二十歳ちょいのふざけた女から。ただの人間から。普通の距離で。ツッコミでも、ハグでも、何でも。歴史的な批判でも。なんかみんなかっこいい艦だよねとも。ほんとうはそれができたんですよ。……できた、できたはずなんだ。でも、その時にはできなかった。彼の語ることに反論も肯定もできないまま、もやもやっとしたまま、戦争するみたいにクーラーの主導権を奪いあうことしかできなかった。彼にティーバッグしか施してあげられなかった。あたしは彼のことをなにも知らなかったから。
     一つ屋根のした共にあったあたしたちは、日本海軍のことも軍艦のことも戦争のことも語るすべなく、ただ一緒に生活するしかなかった。生活を。でも、生活をするという人間の……一つの当たり前の生き方が……あれが彼の滅んだあと、……の、なにかひとつの救いになって、い、ればいいと思いました。日本海軍が日本海軍でなかった今、日本海軍さんにとって。あたしは話ができなかったけれど、……この国に空襲とかさ、ないじゃん?今のあたしと彼に、爆弾は落ちてこなかった。……彼は八十年後の戦争がなくなったこの国の今を、どう思ったのかなぁ。

    *
     ……ある彼岸の週末の夕方、あたしたちは、一緒に浜辺に行きました。
     彼岸の日に海に行っちゃいけないってよく言うけど、あたしはもうそういうのどうでもよかったし、海軍さんを考えればむしろ積極的に近づいてみたらどうだろ、とすら思ってたんです。そもそも彼岸の向こうの存在ですよね。だから彼にも言ったんです。あの海にいたんだから、あの海から帰れるんじゃないかって。
     で、実際その通りになりました。
     初めて会った時と同じように海岸の石階段に座って、夕陽を眺めながら、暑いーとか焼けるーとか、そんなことをぼんやりと話してました。もうあたしたちには夏の暑さのことしか共通になりうる話題はないんだな、って思ったのを憶えてます。キョーセーレンコウのこと、なんの知識もなかったな……。レンゴウカンタイのことも。今から勉強するか、歴史を。ウィキペディアで。軍艦以外のページも見なきゃ、とか思いつつ。
    ……すくなくとも、今、はもう間に合わない。間に合ってない。おなじ言葉じゃ話せない。孤独とか栄光とか、彼がいちばん大事に抱えてる、よくわかんないものを。だから、いちばん語り合うべきであろう主題を夾叉するように、日焼け止めという現代の利器の話や、艦隊勤務では真っ黒になることなどを話してた。その時のことでした。
     いきなり海軍さんが、後ろにいた青年に肩を叩かれたんです。優しく。いつくしむように。いままで青年の気配に気づかなかったんで、あたしたちはただ、びっくりしました。
     愛宕、と海軍さんは驚き叫びました。愛宕って、え、じゅうじゅんあたご?あたしはウィキペディアで愛宕の記事を読んでました。たしか「火垂るの墓」でもでてくる級ですよね。なんか太った感じの、デッカい、強そうな艦です。そしてその艦も戦争で沈んでる……。で、そう、このその青年を確かに愛宕、と呼びました。海軍さんがもう少しがっしりしたようで、そしてもう少し幼いかんじの……そんな子でした。
    彼が着ていたのは緑色の、緑と茶色の間くらいの、陸軍みたいな軍服でした。ウィキペディアの海軍の軍人さんの、遺影みたいな写真に写ってるような真っ白な軍服じゃなかったけど、初めて会った海軍さんみたいな、ボロボロな姿じゃなかった。パキッと綺麗な軍服で、これから戦場にいくというよりは華やかな社交界にでも行くかのような。沈む瞬間にも、海底、という、ひとつの海の港へと向かう時にもきっと、うつくしい艦の姿のままだったんでしょう。
    「迎えに来ましたよ、父上」
    「ええ?嘘だろう?」
     と海軍さんは奇妙な笑いを孕んだ声で、信じられないように訊き返しました。単純、嬉しそうだった。そりゃそうだ。あたしも唐突すぎてなにもかも信じられなかった。
     迎えに来た。つまり彼は彼を連れて帰ってくれるだろう、というはずの宣言でした。いやいや、オメシカンが先導したれーよ。大戦艦のだれかとかさ、とあたしは思ったものの、きゃっきゃしてる二人の仲はとても良さそうで、まあ、うん、本人たちが良いのならそれでいいんでしょう、そう思いました。
    「嘘ではありませんよ。俺はふねなんだからあなたを連れて行ってあげられます」
    「そりゃそうだ。助かった」
     いやどんな理論だよ、あたしは思いました。まあそんなもんなのか?彼岸って?ふねってすごいんだなぁ……って思った。肩をすくめて、愛宕は言いました。
    「あなたはこう、すぐに迷うからいけない」
     あちらでは彼岸前に海に寄ってはいけない。迷ってしまう。あなたはふねではないのだから、と愛宕青年は呟き、じゃあ行きますよ、と言った。そしてあたしにむかって父が相迷惑をかけました、と謝りました。愛宕は海軍さんの手を引き、立たせました。
    「はあ……帰れるんですか」
    「みたいだ。世話になった。ほんとうにおかしな世界だった。暑いし」
     と晴れ晴れしく海軍さんも言いました。もうこの世界のまとめに入ってた。めっちゃ雑~な感じに。あたしたち現代人が、現代日本人が築き上げた平和な世界は、そりゃあの時代の軍人にはおかしな世界に見えたでしょう。ささっと雑に片付けたくもなるでしょう。あたしの平和は、彼らを救わない。彼らの世界はそういう制度だった、そうあった、グンジコッカだった、そしてそのまま永遠に不変だ。それが過去ゆえに。彼らは過去にいる。永劫にいる。それが、なんだか無性に悔しかったです。平和のシソウもよくわかんないのに。
     ユニクロの一九九〇円のTシャツを着た海軍さんと緑色の軍服を着た愛宕は、へっぽこな二人組のようで、おなじ空気にほどけていました。あれが過去そのものというものだったんでしょう。あたしのけっしていない場所です。
     あの、あたし、……と海軍さんに声を掛けようとした瞬間、そこには、もうなにもなくて、ビーチコーミングをし損ねたような女が階段に佇んでいるだけでした。
     ほんと、その時のあたしは間抜けに見えたでしょう。口をぽかんと開けて夕日を眺めてるだけの寂しい女に見えたはずです。寂しい顔をしてたと思います。もっと喜ぶべきでした。ホント。喜ぶべきだった。変な同居人がいなくなったんだ。クーラーを二十五度にできるのに。なんなら二十六度にだって。なのに……。

    *
     あたしは海軍さんのことを一度も海軍さんと呼び掛けたことはありませんでした。半分は彼の話を信じてないフリをしつづけてたからです。あなたとか、お前とか、ふねオタクとかカッパとかナマコ野郎とか、チクチクうに太郎、あとはただ海っちって呼んでた。
     だって海軍さんに海軍さんが海軍さんだと認めて海軍さんと呼びかけたら、あたしは一体何なんですか?ただの一民間人の女になっちゃうじゃないですか。エアコンの温度は二十四度で一生固定されたままになっちゃうんです。何なら二十三度にされちゃうかも。扇風機もいつも強風になっちゃって。ダブルで稼働してて。自分だけ風に当たってて。そうやってぜんぶの権限があっちに行っちゃうでしょ。あたしは彼を日本海軍だって認めちゃいけなかった。あたしはけっして海軍さんの威信を享けてはいけなかったんです。だってここは二〇二〇年代の日本で、軍隊はもう存在しないんですから。現代人のプライドってやつだったのかもしれませんねえ……。……いや、それもどうだろ、これはあたしの言葉なのか?ほんとうにあたしが考えていることなのかな?自分の集団を根拠にしてるだけなのかな。平和ってほんとにあたしの言葉だったのかな……。
     うう……。海軍さん……海……。日本、海軍さん……。海っち……ああー海っち!……ああ……あの時、あたしは、海っちを大日本帝国海軍さんって、一度でも呼んであげるべきだったんですかね……?あたしはその威信とやらを、ちゃんと肯定してあげるべきだった……?彼のうるわしき艦隊を……?…………え?引く?マジの右翼っぽい?真実に目覚めてるみたい?うるせー!だったらなんだんだよー!!そもそもンなわけないだろアホ!バカ!エロ教師!生徒の食事の誘いに軽々しく乗るな!
     ……………………あたしにとっては、ただの海っちだった。戦争の、グンコク主義の、侵略の道具でも、過去の存在でもなくて、ラムネの話で盛り上がる変な同居人で……。そんなのめちゃくちゃなのはわかってます。彼は大日本帝国海軍だった。彼は悪い人だった。悪人だった。彼はうるわしい艦隊とグンカンキのあざやかな赤の話しかあたしにしなかったんだもん……。真珠湾の話ばっかで、それが卑怯だったなんていっさい言わなくて、長門と陸奥と赤城と愛宕で利根で足柄で、徴傭なんて語んなかったし、いっつも自分がカッコいい話ばっかで、それが語り継がれていることが少しでもわかればバカみたいにご満悦で……めったに行きもしない本屋でNF文庫の緑の背表紙を見るのが大好きで……。でもけっして本を手には取らないで……。
     ……は?なんで?怖かったからだろ!自分が未来にどう評価されて褒められて貶されて裁判されてるか知るのが怖かったんですよ!!だからNF文庫に取り上げられてるような感じの、タイトルにある感じまんまの話ばかりしかしなくってさあ……。
     …………え?戦争犯罪の話……?ほとんどしなかったですよ、ぜんぜんめったに、そんなの、それこそレンコウとかくらいですよ……。それも犯罪だと思ってたか謎ですよ。彼、笑ってたんですよ?楽しそうに?なおいっそう、鮮やかに?あたしはそれに、なぜか見惚れてしまっていて?このうつくしさはなんなんだ、なんてあたしには疑問を挟む余地もなかった、圧倒的で暴力的なくらいにうつくしくって、うつくしくって。……うつくしくて。あたしはそれを、知っている。あたしは、そのことを、ちゃんと知っている……。わかっている。そういうはなしばかりで彼が満ちていることを知っている。彼は未来の、今の人間にそういう愛され方ばかりを、されているということも、あたしは知っている……。この愛情には危うさがあるんだ、それはわかってます……。知ってますよ、ちゃんと、そんなこと……。
     え?……酔っぱらってる?酔ってないですよ、酔ってない。酔ってるわけじゃないじゃないですか。帝国海軍の大義になんかあたしは酔ってないです、そうじゃなくて、じゃなくて、じゃなくってあたしもあの文庫本の多くの読者みたいに、表面のうつくしさを撫でていとおしむことしかできないんですよ。だって、彼、やっぱりうつくしかったんです。彼の語る大艦隊のこと、壮麗なお召艦、艦の上から見た広い海と青空のこと、なによりそれを嬉しそうに語る横顔、実際に軍服姿だった愛宕の軍服だってほんとに、……あれが思い出の話じゃなくてなんなんですか、うつくしくなくってなんなんですか、うるわしき追想ですよ。綺麗な思い出ですよ。でもあたしは知っている……。あたしが知らないことばかりだって、彼が語らなかった多くのことがあったことを知っている。やましい沈黙を知っている。……そうやって、あたしなりに時代を問うていくしかないんですかね……。あの顔を……笑顔を。うつくしさと語らなかったことを、忘れないでいたい。歴史を……彼とおなじ言葉を話すんだ……ウィキペディアで……新書で……ああ……。あー……。

  • 日記 20250412

    『進撃の巨人』を14巻まで読んだのだが、対巨人から対人戦闘になってきて、いきなり正義や大義の「汚い」面が鮮明になってきておいていかれそうだ。しかもいままで善性や好印象を背負っていた主人公側がだんだんとキナ臭くなっていくのがひやひやしてしまう。つまり読むのが苦しい。つまり良い漫画だ。

     はてなブログをなかなか使うことが無くなった。なんだかあれも、時折嫌な意味でのSNSを感じてしまう時がある。結局は広報を兼ねて、という話になるので精神的に引きこもっていたい時は個人サイトという話になる。誰が読むのだかわからないが……。

     てがろぐは設置しやすいし使いやすいのだが、あれは下書き保存ボタンを押すとページが切り替わって七面倒だ。Wordpressでは自動保存が存在するのと、下書き保存ボタンを押しても画面が切り替わることなく書き続けることができる。つまり(短文ではなく)長文を直接タイピングするのにはWordpressが便利だ。

     じゃあ本サイトでやればいいだろう、という話だけど、下らない日記で記事数を消費したくないというのが本音である。あれは作品倉庫なので。

     あとスターサーバーがいつの間にか終わっていた、正確にはスターレンタルサーバーという新サーバーになっていたことに今日、このサイトを作って気づいた。自分のレンタルサーバーに興味が無さ過ぎる……。

     弄っていたらちょっとお高めのコースになってしまったんだけど、改めてダウングレードするために申し込み直すか、既存のスターサーバーの「いつかの終わりの可能性」を考えてお高めのコースにして、URLを好きに確保するか悩んでいる。近日中にURLが変わるかも、というのはそういうワケなのです。

  • 企業・組織擬人化創作小説「名声の葬列」

     この夜、人間たちが黒の装いをして、互い互いに挨拶を交わしあうさまを彼女は見ていた。さざめくように話す情景になぜか心が休まらない。これもあの男の一つの角出であり、あの男への祝福なのだ、と彼女は思った。
     葬式の会場は豪奢な造りだった。夜の灯りが壁色に映えて妙に艶やかだった。そして豪華な食事の大盤振る舞いと来た。人間たちの密かな興奮は、なお一層彼女の心の裡を荒立たせた。
     彼女は人間の葬式と結婚式の区別がいまだにつかない(黒白と赤白の装いの何が違うというのだろう?)。悲しむべきときと喜ぶべきときの違いだろうか。けれど人間たちは葬式でも結婚式でも、いやいつだって喜んでは悲しんで、泣いては怒っているではないか。彼らは生きるのに忙しそうで、死ぬのになお急いでいる。そんな人間たちを、彼女はほとほと下らないと思っていた。人間への共感の素養に乏しい、ただの一企業の現し身であった。
     この葬式の主役が主役なだけに、式中には予期せぬ事件や暴動、妨害が起きてもおかしくはないと思えた。それでも葬式は無事に何事もなく進行している。
     人びとはささやかに慎ましげに、けれど油断なく会場を見渡し、旧知の同業者と迎えるべき商売相手を探し出しては、お悔やみの挨拶を交わす。ついでに(ひどくささやかに、また流れるように)語られるは、わが社の輝かしき躍進や扱う新商品やその商売相手を探していること――ここは数夜限りの特殊な社交界なのだ。主役がすでに亡いだけで。
     財界の政界の、日本中の多くの重役、重要人たちがこの場へと駆けつけた。貧乏人たちは場の外にいて葬列を仰ぎ見る。その死を弔うために。ついでに、この死者の周りには常にお金と施しがあったので。はてさて、この内に心の底からお悔やみを申し上げる人間はいくばくなのか……と彼女は思った。勿論人間たちを責めるつもりは毛程もない。私もそのうちの一人だ、というのが彼女の偽らざる気持ちだった。そしてこの死者も天国あるいは地獄あるいは煉獄でそんな皆を嗤っているに違いない。あれはそういう男だった。
     あの男を思い出せば思い出すほど、会場の人間たちの喧騒が不快だった。まるで濡れた服が体に張りつくようなじっとりとした嫌な感じがした。彼女はひっそりとその場を抜け、中庭へと出た。天高い夜空が、一人の彼女を孤独にさせた。
     煙草に火をつける。
     あの男は彼女がいつでも煙草を吸うことに不満そうだったが、止めさせたことはなかった。彼女が女の姿を持つという事実と、彼女が明治日本きっての大海運会社――男の持ちうるいちばんの財産――であること、その両者の板ばさみに悩まされていた。
     お前が男だったらな、というのがあの人間の口癖だったし、彼女自身もそう願わなかったといえば、嘘になる。たとえ喫煙ができても、男の聖域かつ牙城たる喫煙室に招かれると居心地が悪かったし、男たちだって居心地が悪そうだった。そのたびに我は人でも女でもなく企業である、と嘯いたものだった。彼女は共感性に乏しく、人間たちの居心地の悪さなど気には留めなかったが、それでもそれは惨めな虚栄の一つになっている。
     人間の器がこうも桎梏たり得るとは!
     ゆっくりと煙を吐き出し、荼毘の煙と焼香の煙と煙草の煙の類似を考えていた。この煙が天まで届くと思うとこれも愉快なご焼香だが、やはりあの男が安寧の場所にいるとは相思えない。あの男は多くの人間を儲からせては破綻させてきた。人間を幸福にさせたが不幸にもさせた。彼女を創りあげた。企業として。女の器として。そんな彼がどうして安寧な眠りを得られよう。
     それでも、死ねば義務からは逃げきれる。その事実に呆然とし、彼女はひとり残されたことに対して怒りに駆られた。海坊主め、あんたが私を創ったんだぞ。そしてこの現状を作り上げた。あんたは死んだが、私だって数年持つかわからない。あんたの愛した会社と船と社員と金はどうなるんだ。本当に船を燃やし、私に後始末でもつけろというのか。
     全く気に食わない。
    「うわ、」
     と、彼女の後ろから声がした。夜の闇から現れたのはなんと、彼女の唯一の商売敵たる共同運輸会社であった。
     いつもの安物で粗野な男物の和服ではなく、洒落た男物の喪服のスーツを着ている。洒落ているのは服だけで、鈍感そうな表情と四方八方に飛んだ髪毛はいつもと変わらない。
    「なんで……貴様がここに居るんだ」
    「私だって知らんさ。たぶん偵察だ偵察。渋沢さんに連れてこられた」
     と相変わらず能天気な顔をしている共同運輸に、この世は馬鹿な人間と馬鹿な会社ばかりだと彼女は思った。あの男の葬儀にぬけぬけとやって来た渋沢も共同運輸も、とんだ阿呆だ。ただの間抜けだ。
     一歩こちらに近づいた共同運輸に、一歩引きさがった彼女は舌打ち混じりに言い放った。
    「気安く近寄るな庶民が」
    「地下浪人上がりが調子乗るなよ馬鹿!……や、おまえ、泣いてんのか?」
     泣いているわけなかろう、と呟いた。彼女の声はわずか震えていた。
     共同運輸はにやにや下品に笑った。
    「いいもん見た。死人の顔も見れてないが腹いっぱいだ。帰ろ帰ろ」
    「帰れ」
    「帰るさ。また来る。こんな葬式ならいつあっても良い。月に十回は欲しい」
    「帰りやがれ!!」
     それは鼻声で、喉が詰った、みっともない大声だった。だから共同運輸以上に驚いたのは彼女自身の方だった。おまえ、と呟いた共同運輸は一瞬呆けた顔を晒し、ばつの悪いような表情をしたあと、彼女の顔を下から掬いあげるようにそうっと見上げた。彼女の様子をうかがっている。彼女は共同運輸より数寸は背が高いのだ。人間の現し身を比べ、わずかでも共同運輸を見下げることができるのが彼女の密かな楽しみだった。愚かなことだ、と自身でもわかっていた。
     私たちのひとのすがたになど意味はないのに。
     三菱蒸気船会社として日本国郵便汽船会社を下してからというもの、彼女は一社一強として日本海運を牽引してきた。それが独占と言われようが強欲と罵られようが変わらなかった。むしろその誹りと軽蔑の視線はひどく心地よかった。口汚く罵る相手の瞳には、同時に常に畏怖と卑屈とがあったからだ。栄光これより大なるはなかったし、それを積極的に快楽として、彼女は企業を生きてきた。
     箸が転んでも面白い、もとい箸が転んでも儲かるような面白い海を独占していた彼女の前に現れたのが、今この顔を見上げる共同運輸会社であった。打倒三菱を掲げて生まれた会社であり、初めから彼女の敵たるものとして創られた、愚かな海運企業。
     両社互いに船が並べば一歩も航路を譲らずにぶつかるに任せた。彼女の営業する横浜・神戸間の運賃は五円五十銭だったものが、一円五十銭となり一円となり七十五銭となり五十五銭となり二十五銭に景品付きとなる始末。人間たちは愚かだ、と思いながらも値段を繰り下げることに一番熱心だったのが彼女自身だったのだからこの世は阿呆だらけだ。もちろん利潤など生まれず、急激に利益は損失し、両社とも互いが互いを泥沼に引っ張る瀕死状態へとあっけなく転落していった。
    「……あのな、こんなうわさ話知ってるか。お上が私たちの争いに介入するんだって」
    「……知っている。絶対に嫌だ。汚らしい」
     そう吐き捨てた彼女は煙草を捨て、靴で何度も執拗にもみ消した。
    「私だって嫌だわい!でも簡単に死ぬわけにはいかないだろ?人間みたいにさ。お国の海と船はどうすんのさ」
     という共同運輸の言葉に、彼女はふと胸を突かれた。冷たい刃で胸を割かれたような気持ちになった。私を国賊というのなら私の船を残らず遠州灘に集めて焼き払い財産を自由党に寄付しようぞ、というあの人間の言葉を思い出したからだ。
     あの男は結局は日本国の海運を想っていた、だからなおさら政府とその先鋒たる共同運輸を憎んでいた。あの男は海運業を独占していたが、政府がただの政略上の問題で三菱を潰しにかかったのもまた事実であった。その思いが船を焼き払うべし、という悲惨な言葉に繋がり、死の床ですら競争を挑みて敵におくるるなかれと遺言を残して逝ったのだ。人間は阿呆、世は馬鹿ばかり、私も社員も阿呆で政府の人間も阿呆だ。こいつも阿呆のはずなのに、お国の海と船はどうすんのさ、というひどく柔い土着じみた女言葉は、政治や企業人のそれとはほど遠く響き、だからなおさら彼女の心を打った。
     言葉を無くした彼女に、共同運輸は言った。
    「郵便汽船三菱会社、あんたはどう思うのさ」
     私は、と彼女は言いかけて、黙った。
     やめたかった。こんなふざけた現状をどうにかしたかった。頑張って得た船も焼きたくなかったし、財産だって保有していたかった。なによりあの男の残したものをむざむざと捨てたくなかった。たとえそこが地獄だろうがそこで嗤っていてほしかった。まるでいじらしい、乙女がよき男に向けるような感情、まったく人間じみていることに気づき、ただただ自己嫌悪に陥り恥じ入った。私は、あの男が憎くなかったのだ。きっと憎くなかったのだ。すべてがまったくの茶番だった。この茶番の主役の名を岩崎弥太郎という。